Side Wizard

月に雲がかかり、雨の降り始めのむせ返るような匂いがする夜。
闇夜の中でさえ魔法使いの足並みは止まることはない。
雨でさえも彼を阻むことはできない。
闇夜の間を縫って彼の行き先を照らす光がほのかに灯り、
雨は彼のことを守るように避け続ける。

魔法使いはこの世に愛されたもの。
彼を阻むものなどこの世にないのだ。

彼が商店が立ち並ぶ一画を通りすぎようとしたとき、裏路地に倒れる襤褸雑巾のようなものに目が止まった。
食料品を抱えたまま倒れている姿。どうやら買い出しから帰るところらしい。
じっと目を凝らしてみると、僅かに感じる魔法の力。

少年は奴隷らしい。

死にかけた奴隷の少年など、助けたところでまた奴隷の所有者に苦しめられるだけだ。それならばいっそ捨て置く方が優しさというもの。
目を逸らそうとした魔法使いは、なぜか逸しきれなかった。
懸命に魔法使いへと伸ばされる少年のちいさな手を見てみぬ振りすることなどできなかった。
一晩だけ。そんな言い訳を胸に少年へと手を伸ばしかえしていた。

Side Slaves

人には価値がある。領主の息子は領主となる価値があり、魔力を持つものは魔法使いとなる価値がある。奴隷の子どもは、牛や豚と同価値だ。
子どもはまだ使い物にならないからマシだ。大人になるまでの猶予がある。少年の両親は既に領主に殺された。領主様は大人で遊ぶのが趣味らしい。

大人が働けない分だけ子どもの仕事は多い。
風邪を引いたところで仕事がなくなることはなく、高熱で倒れかける身体に鞭打って買い出しへ向かった。
奴隷が着る襤褸のマントで顔を隠して(奴隷は一般市民に顔を見せるほどの価値もないと領主様が言っていた)、いつもの店で買い物をして(機嫌が悪いとそこの店主に怒声を浴びせられる。今日もそうだ)戻る途中。
身体が段々と重くなっていき、ついに動けなくなった。

暗闇へと意識が落ちていく中、少年はなにかあたたかいものが遠くにあるのを感じた。

それからしばらくして。
見覚えのない小屋で見覚えのないベッドで見覚えのない男性に看病されていることに気づいた少年は、口を開いた。

「貴方は誰ですか。――ぼくはだれですか?」

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ここはブラーノ王国が伯爵領、ノースウィンド。普通ならば1、2人程しかいない魔法使いも数十人もいる程、強大な力を持つ。魔法使いが支える繁栄の裏側で、伯爵の城では奴隷の悲鳴が絶えない。生まれたときから奴隷で、唯一の持ち物であった記憶すら失った少年と、何ものも奪われることなく何百年と幸福に生き続けている魔法使いが出会ったとき、彼らは互いに何を思うか。

物語に興味をもった方はこちらに詳細があります。