鷹司國昭 の場合
【a::あなたの華麗なる一日】
――、(音がする。サティのジムノペティ第一番。朝のはじまりに欠かせぬしらべであった。クラッシックの重厚な音の波が鼓膜を心地よく揺らしたことを契機として、閉じあわされていたみどりのまつ毛が上下すると、蝶がひらめく様相にとてもよく似つく。泳ぐように広いキングサイズのベッドの上からゆっくりと身を起こしたのは、ギリシャの彫刻のような肉体である。すはだかの身体が冷たいシーツの上をすべり。ねおきざまのつま先が、まるでネコ科の動物のようなしぐさで、毛足の長いじゅうたんを踏みしめた。)……。(男の髪は、初夏のみどりをうつしとったような色をしている。萌葱の如き髪が一糸まとわぬ肌を滑り落ち、ひとつの装身具のように男を飾った。極力人前に姿をみせぬよう教育されている侍女の手によってすでに用意されていた朝摘みの薔薇を手に、――姿見の前に立つ。)……美しい……。(つまさきからたくましい腿までを、立派な陽物から厚い胸板までを、そうしてつむじのてっぺんまでを、一枚の絵を眺めるように見下ろしてから、男は恍惚としてつぶやいた。鏡にうつる自分と口づけを交わす。この一連の流れこそが、鷹司國昭の朝、であった。 鷹司國昭の住まいは、都心にある、いわゆる億ションの最上階に存在する。多忙を極める父母と、留学中の兄。生活スタイルのまるで違う一家であるからして、家族の愛情のあかしとして、この場へ生活の拠点を与えられたのだ。)おはよう、高見さん。今日も学校までよろしくお願いします。(馴染みの運転手に笑いかけて乗り込むは屋上のヘリポートにとどまっていた通学用のヘリコプター。鷹司の通学はいつもこれだ。郊外にある白薔薇学園までのみちのりを、空から見下ろすひとときは何度繰り返しても飽きなかった。ミニチュアのような、作り物の如くの雑居と美しさの街。豆粒よりも小さな人間たちの営みが確かにそこに根付いているものの、体温は感じられないほどの遠さ。これらは、いずれ自分が手に入れるものであるのだから。)――おや。(ロープを伝って上空から降り立つ白薔薇学園の屋上。風に髪を遊ばせながら見下ろす校舎。この鷹司國昭には、ヘリの上空から下界を見下ろすよりも上級の楽しみが、白薔薇学園の中にこそ存在した。)……皇~~~~~~!っ!!!(走った。階段を飛び降り、風よりも早く校舎を駆け抜け、校庭へと降りた。その高い背めがけて。王の如く威風堂々と肩で風を切る我らが生徒会長、皇龍星のもとへ。)おはよう皇龍星!!ああ私の王よ、きみが校門で挨拶運動をしていると知っていたら校門から登校したというのにつれない男だね。その神話の英雄のごとき美しさの奴隷、つまり私に施しはないのか!?(白手袋をはめた手のひらが彼の尻を掴もうとした。「ああ、おはよう、鷹司。」そんな何の気のない挨拶と共にかわされる。まったくつれない男であった。)皇。よく顔を見せてくれ。うつくしいね。きみが死んだら神も憐れむだろう、星にして後世へ残そうとするにちがいない。(うっ……とり。恍惚とする。青い薔薇でそのおとがいをそっと持ち上げて、彼を鑑賞した。物理的ではなく、背後に概念の薔薇まで背負う勢いだ。)ああ、いいな。牡鹿のように若く、青く、そして鋭くもあって……。(まだ褒めたい。)とてもいいよ……ところで今日はひとりかい?めずらしいね。いつもお姫様を連れているのに。(彼の傍らに立っていた、同じ生徒会だろう少年の顎をくすぐりながら、ひとしきり発作を乗り越えてまともに会話をはじめる。お姫様という呼称が示すのはもちろん、かのかぐや姫。姫路輝夜そのひとだ。)彼がいるとまともに挨拶運動もできやしないって?はっはっは、さもありなん!皆見惚れてしまうから、手前のことに興味を持てなくなってしまうんだろう。私もそのひとりだな。ああ、姫路……罪だな、きみの美しさは……しかし背徳を伴ってこそ、一層その美は輝く……。(うっっっ……とり、した。その刹那。校舎のほうがざわめいた。桜の妖精。損なわれることのない永遠の春。可憐という言葉そのもの。振り返った。そして、走った。そこに美があるのならば、躊躇などしない。)姫路!おはよう!!まるで妖精かと思った。きみは春の使いだね。(――鷹司國昭のなによりの楽しみ。それこそは、この白薔薇学園に息づくあまねく美の存在である。ゆえにこそ、いずれはじまるヒメ争奪戦に、この美の奴隷が参戦しないはずがないのであった。この男にとってウキウキのバトルが今、はじまる。ニコニコしてしまうね。)