ラフィー・イスハーク の場合
【b::あなたの恋愛事情】
(見分を広げるために、学生時代に留学を許されるのは、習わしのようなものだった。上の兄姉たちがこぞってヨーロッパへと留学したから、自分は敢えてアジアにでも。そんな気軽な理由で選んだ極東の島国。両親は笑って「ついでに嫁を連れて帰って来いよ」なんて言う。王位継承権第五位。お世継ぎ云々などと難しいことはあんまり考えなくてもいい立場なだけに、親も自分も気楽なものだ。なんなら性別も拘らない。とはいえ、美しく可憐で、同時に強く逞しい、そんな伴侶との出会いを信じて異国の地を踏むほど、夢見がちではなかったはずなのだが――運命の恋という雷は突然に降り注ぎ、心の臓を貫いた。入学式のその日のことだ。1つ上の先輩として、新入生を迎えるために佇んでいた彼。学園の麗しき薔薇、高嶺の花のプリンセス。日本人がこぞって愛でる春の花の色をした柔らかな髪と、すべらかな白い肌、愛らしい顔立ち。そして、)私とよく似たきらめく金の瞳…!前世に同じ石を使った指輪を持っていたからでは…!?(正確に言えば彼の瞳は自分よりもっと涼やかなイエローなのだが、誤差の範囲だ。世迷言にツッコミを入れてくれる人がいなかったのは、その場にいた人はみな彼に見惚れていたからかもしれないし、或いは「またヒメが1年を撃ち落としたぞ」という白薔薇学園あるある的な受け止め方をされたからなのかもしれない。しかし雷に打たれようとも、そこは王族。軽率な判断は慎むべき。1ヶ月の間、慎重に彼を見定めた。そう、見定めるために必要な時間であったから決してストーカーなどではない。正々堂々と彼の後をつけ回し、可憐なだけではなく、強く逞しい一面も知り、やっぱり思ったのだ。彼こそが運命の相手だと。――そうしてあれから時は経ち、学年がひとつ上がり、出会った頃の彼と同じ年齢となった。成長期故身長も伸びたし、なんなら今現在も伸び続けている。目標は父や兄と同じ180㎝代後半。今のペースなら十分に到達できる予定だ。成績も上々、石油王としていつ薄布一枚の格好にされても問題ないように、体も十分鍛えていて、理想の自分との距離はどんどん近づいてきている。だが、相変わらず愛しいプリンセスとの距離は縮まらない。抱きしめた華奢な体が彼だったらどれほど嬉しいだろう、なんて、キスの相手に失礼なことを考えたのがばれたのだろうか。甘く下唇に噛み付かれ、子猫がじゃれつくような可愛らしい仕草につい小さく喉の奥で笑った。謝罪を囁く代わりに、舌を絡める。上顎を丁寧に舐め、舌裏を擽り、絡めた舌を擦り合わせた。時に貪るように、時に優しくあやすように。長い長い濃厚なキスの果てに、開放した小さな唇は赤く染まり濡れ、はあと熱の籠った吐息を吐きだし胸元にしなだれかかってくる。優しく頭を撫でて、柔らかい頬にも口づけを落とした。もっとと更に甘えてくる仕草は可愛いのだが、砂糖菓子のようにほのかな赤に染まった耳朶を噛んで囁く。)すまない、そろそろ行かなくては。……ふ、そんなに艶やかな瞳で見つめられると、名残惜しくなるな。またお前の甘い唇を齧りにくるから、悲しい顔をするのをおやめ。(優しく低く囁いて、震える唇をもう一度淡く食んだ。台詞に嘘はないけれど、今はもっと夢中になっているものがあるだけ。時折唇を交わす仲である人物に別れを告げて、麗しのプリンセスの元へと歩き出す。首に巻いた故郷の織物が甘やかな薔薇の風を纏うのは、ほのかに振りかけた香水だけが原因ではないだろう。胸元には常に、いざというときのための薔薇の香油が忍ばせてある。婚前交渉なんて以ての外だが、でも万が一があるかもしれないし。可愛い伴侶に求められて拒むなど、男が廃る。まだ唇すら許してもらえていないが、石油王はもしもの時の備えも欠かさないのである。彼の身も心も受け止める準備を万端に備え、その姿が見えたなら、はち切れんばかりの愛と欲望を胸に、いつものように謡うのだ。――通算53回目のプロポーズ。)今日もきみは世界で一番可憐で、強く美しいね。姫路、私の子羊、私の至宝。どうか私と結婚して欲しい!