二階堂聖 の場合

【a::あなたの華麗なる一日】
暇、ですねえ。(時刻は16時半。差し込む夕日によって赤く染まった図書室は定期試験前であれば幾らか賑わっているものの、そうでない日はやや閑散としている。委員会にて定められたローテーションに則り、貸し出し業務を行っていた図書委員長こと二階堂聖は飽いていた。それも絶望的なまでに。窓越しに聞こえる運動部の掛け声をBGMに、貸し出し期限を過ぎても返却がなされていない図書をリストアップし、借り手である生徒の名前やクラスを精査する。代わり映えのしない業務だ。)誰か、僕と遊んでくれるよい子は居ないかな。(聞こえないと言わんばかりに書類と向き合っていた後輩――名前は何だったっけ?思い出せないけど、まだ味見をしてはいない筈だ――の肩が俄かに強張る様が視界の端に映り込む。貸し出しカウンターの真ん中で背中を丸めて縮こまる後輩は、まるで怯える小鼠みたいだ。緩めた眦に、夕焼けが差す。怖いのなら逃げ出せばいいのにと身勝手なことを思いながら、運動部らしく健康的に焼けた少年のうなじを観察する。「あ、」小さく漏れる声。椅子から立ち上がる音。可哀想な程に身を縮ませた少年の傍からカウンターへと手をついて。)返却でしょうか?ありがとうございます。……二年、如月くんですね。はい、確かに。ありがとうございます。(揺らぐ瞳から、隣で唇を戦慄かせている後輩の鼓動が伝わってくるようだった。周囲の状況が分からない程に意識してくれているのは嬉しいけれど、仕事を疎かにするのは頂けない。)はい。返却処理をお願い出来ますか?(あからさまに安堵したように下がる肩。この学園で生きていくには些か人を信用し過ぎては居ないかと名も知らぬ少年の行く先を心配してしまったが、今は仕事熱心な図書委員長として、先程受け取った小説を彼へと手渡そう。)僕は書庫の整理をして来ますね。何かありましたら呼んでください。(引き出しから取り出した鍵でカウンターの裏手にある扉を解錠すると、古びた本の香りが鼻腔を擽った。二階堂が二年半以上の期間を費やし整備した書庫は、今や埃一つない快適な空間と化していた。備品が余っている他の部屋から椅子や机を掻き集め、ティーセットや茶菓子も常備している。――そう、此処は二階堂聖の専用お茶会部屋なのだ。微塵の乱れなく着用していた学ランを脱ぎ、椅子の背へと掛ける。代わりに隣の椅子に掛けていたベージュのカーディガンを上から羽織ると、)ね。あと三十分で仕事も終わるでしょう?……甘いものは好きですか?(壁越しの物音でカウンター内に後輩が戻って来たタイミングで、僅かに押し開けた扉から声を掛ける。あんなに警戒していた割にはあっさりと頷く彼は、食い意地が張っているタイプであるらしい。まあ、そこもスポーツ少年らしいか。)良かった。え?僕ですか?甘いものは……そうですね、内緒です。(立てた人差し指を唇に押し付けて、片目だけをそっと閉じる。煙に巻くのは得意だ。後ろ手に扉を閉めて、電気ポットのスイッチを入れる。それから、部屋の奥に設置したソファに腰を下ろす。カチカチ、響く時計の音と溢れた笑い声は綯い交ぜになって、少し冷えた空気の中に溶け出した。)今日のお茶菓子はどんな味かな。(小さく丸まった後輩の背中を思い出して、唇は柔らかに綻ぶのだった。)