二本柳和親 の場合

【a::あなたの華麗なる一日】
(少年の優雅な一日は愛しき運命の人――姫路輝夜の麗しき姿(隠し撮り)をねっとりと見つめ、一方的に「おはよう」と挨拶を投げかけるところから始まる。ちなみに、彼の隠し撮り写真は数えるのも空恐ろしいほど大量に存在するが、撮っても撮っても不足するのは、日夜せっせと写真の彼をべろべろと舐めているからだ。そうして涎だらけになった写真の後処理をさせられる使用人の苦悩など、運命の恋にのぼせきった少年は知る由もない。まっさらな白の学ランに袖を通し、今日も彼のひときわ魅力的な姿を一秒でも長く瞳に焼き付けようと、黒塗りの自家用車で学校へ。――しかし、恋にはライバルがつきもの。おまけに彼は魅力の塊の如き存在であり学園のプリンセスとして名を轟かせているくらいだから、競争率もえげつない。彼に朝一番の挨拶をしたいと願うのは二本柳に限らず、同級生から先輩後輩を問わず、大勢が彼との対面を待ちわび、場所を奪い合う。いつも早めに学校に来るのは、彼に挨拶する時間を得る為。今日も今日とて彼が颯爽と現れる。どんなアイドルも顔負けの愛らしい容姿と隙のない洗練された動作に、誰もが息を呑む。無論、二本柳もその一人。しかし間もなく我に返り、発声のレッスンにまで通って身に付けた腹式呼吸で通る声を張り上げる。)ヒメ!ヒメ!ヒメーっ!僕だよ、君だけのプリンス、二本柳!二本柳和親だよー!その美貌をもっとよく見せて、……っああ!可愛い、どうして君はそんなにも可愛いんだ…!(意図してかそうでないのか、一瞬だけ彼と視線が重なれば、世界は彼と自分の二人だけ。時が止まったような錯覚を抱きながら、実際に身を震わせ、勝手に昂った声を上げる少年の気持ち悪さといったら周りもドン引きするほど。しかも唇の端から涎まで垂れているのだから救いようがない。黙っていればイケメンなのにと友人たちの溜息が何処からか聞こえるようだ。――して、授業も彼の事を考えながらもそれなりに真面目に受けた。誰にとっても見やすく分かりやすく整えられたノートは、彼にいつでも貸せるようにと考えての事。残念ながら、未だその機会に一度も恵まれた試しがないのだけど。昼休みに入っても、少年の思考は彼一色。心優しい友人たちに見守られ、食堂で食事をしながら一方通行な彼への愛を存分に語らうのだ。)彼こそ僕の運命の人、ファムファタルだよ!あのぷりっぷりの柔らかそうな肌を余すところなくむしゃぶりつくせたら…あぁ、どんなに幸せだろう…!(頬に手を当て、口からは今にも涎を垂らしそうにしながら恍惚として語る姿はまさしく変態のそれとしか言えないもので。)そうだ、これを見てよ!……え、分からない?ヒメクッキーだよ!ストロベリーの髪とピスタチオの瞳…食べてしまうのがもったいないくらいの力作なんだ!(と、それはもう自慢げに披露したのは、時間をかけて作り上げたクッキー。いちご味のピンク色の髪にミルククッキーの肌、ピスタチオの瞳。髪型の丸いシルエットも可能なだけ再現して、愛がたっぷり詰め込まれたヒメクッキーを焼き上げたのだ。それを自分で食べるのかと言われたなら、ノンノンと首を振る。)これは彼へのプレゼントのひとつだよ。共食い?いやいや、そんな細かいことを気にするなんてナンセンスだね。このクッキーがあの花のように華奢で可憐な唇に触れると思うと……はぁ、クッキーになりたい!(熱烈な視線でクッキーを見つめ、それを大事そうに仕舞う様子に友人たちは一様に呆れた顔を隠さない。されど慣れているから動じた様子も見られない。こうして、二本柳和親の華麗なる一日が過ぎてゆく。)