花鳥錦月歩 の場合
【a::あなたの華麗なる一日】
(花鳥錦たるもの大和男児として恥ずべき行いするべからず――家訓を毛筆で半紙に書く事から月歩の一日は始まる。花鳥錦は代々続く華族の血筋であり、有名財閥を担う一家である。其の名は政界の官僚から経済界の各方面まで、兎にも角にも幅広く知れ亘っている。花鳥錦月歩は現当主の嫡子であり、何れは全てを継承する立場だ。『和』を重んじる家は、月歩を清らかで真っ直ぐな富士の如き大和男児にするべく熱心な教育にあたった。やがて品行方正、勇猛果敢、文武両道の三拍子が揃ったパーフェクトヒューマンが誕生したのだった――。) 嗚呼、おはよう。今朝も御苦労。(毛筆での精神統一を終え、襖を開けて部屋を出る。背筋をぴんと伸ばし檜の香りが漂う廊下を歩きながら、立ち止まり会釈をする使用人達に爽やかな美声を振り撒く。使用人の壁を通り抜け角を曲がると突然、御膳を持った女性がぐらりと此方に倒れて来るではないか。零れる膳を被り着物が汚れる事も厭わず腕を伸ばし、華奢な躰を掬い上げると使用人であろう女性は真っ青になって謝罪の言葉を連ねる。柔和に笑い、そっと彼女を廊下に立たせれば汚れた裾を捲り上げて唇を開いた。) 使用人も立派な我が家の財産、何を謝る事があるのか。配膳の支度御苦労、以後も懸命に我が家の為に尽くして欲しい。…案ずるな。こんな些細な事で罰する愚か者等、我が家には存在せん。(同じく青褪めている使用人達に目配せをして頷き、何事も無かったと言わんばかりに再び廊下を歩き始める。裾に沁みこんだあおさの味噌汁がぽたぽたと滴っていようが、意に返さない。小さな事で執拗に使用人を責める行為は大和魂に反する。そんな月歩の姿を目にしたのであろう若い使用人の男が目を輝かせて後を付いて来た。――あいつは確か、最近職に就いた使用人だったか。犬っころの様だと思いながら、興奮した様子を見せる男の言葉に耳を傾ける。「月歩様は本当に完璧な方だ!」、蕩けそうな言い様に渇いた笑みを浮かべて立ち止まり、諭す様に男に紡ぐ。) 私が完璧だと?莫迦も休み休み言え。花鳥錦の繁栄を願えば、自ずと行動にも伴うのだろうさ。…だが私はまだまだ未熟者で半人前のひよっこだ。(未熟者故の愚痴を紡ぎたくなる気持ちを抑え、ぽかんと立ち竦む男を置いて朝食を済ませる為に歩み出す。食事を済ませれば、着替えの為に自室に戻る――が、部屋の襖を開ると其処に居たのは先程諭した筈の若い男の使用人。「月歩様…」と艶を帯びた声に察した。嗚呼、そういう事かと。) …雄猫風情が。私の部屋に汚い足で、更に無断で侵入するとは…間者と言われても仕方が無いぞ。虫唾が奔る。(普段の気品ある態度とは打って変わり、苦虫を噛み潰した様に顔を顰める。心底、厭だと言わんばかりに吐く言葉は茨其の物。) 貴様の様な屑は次期当主たる私が直に罰せなければなるまい…嗚呼、貴様にとっては褒美になってしまうか、んん?(鼻と鼻が触れ合うくらいの近距離で嫌味ったらしく吐き捨てる。其の姿は、高潔な大和男というよりも悪徳を重ねた悪代官に近い。) 私は寛大だからな。貴様の望む全てをくれてやる……最高の快楽をなあ!(言うなり男の胸倉を掴み、仰向けにして畳に叩き付ける。そして懐からハンカチを取り出し猿轡を噛ませれば「傷を付けたくなければ動くなよ」とだけ言い、奥の部屋へと一度姿を消した。次に暗がりから現れた姿に違和感を感じた事は必須だろう。服装は同じ、髪型も同じ、表情も凍り付く様な無表情――最も大きな違いは、手に持たれたやや太めの荒縄であろう。転がされた使用人から注がれる視線に気が付き、無表情は加虐心で溢れたどす黒い笑みに変わった。) "此れ"が気になるのか?…否、違うな。興奮しているのか。ふ、はははっ!淫乱めが!!!(縄を二つに折り重ね、使用人の男の首に掛ける。次いで緩み無く丁寧に縄を結んでいく姿は宛ら職人芸であろう。下心を一切匂わせず、淡々と男の服の上に結び目が作られていく。やがて縄は時折菱形を作りながら身体に巻き付けられ、残すところは思い切り締め上げるだけと成った。) 本当の快楽を其の下品な躰に教えてやろう……存分に逝けえい!!(力の限り縄を締め、男の躰も大事な一物も一欠片のプライドも全て縛り上げる。――文字通りのフィニッシュである。恍惚に喘ぎ悶える男を満足気に見下ろし、爪先で蟀谷を突く。) 気持ちが良いのは当たり前だ。緊縛とは受け手を気持ち良くするという奉仕の心が無ければ成り立たん――最高だろう、山田よ。(山田、とは現在縛られ喘ぐ使用人である。さして自身は興奮した様子も無く「後で外してやる」と言い残し、ハンガーに掛けたままの制服を片手に部屋を出る。明るみに晒された顔には既に加虐心の色は消え、元の高潔な大和男児の顔に戻っているであろう。学園に行っても同じ事。高潔な男、花鳥錦月歩。彼のちぐはぐで華麗な一日は、誰に知られる事も無く淡々と過ぎていくのみ。) …次に狙うはあの我侭で美しい"ヒメ"か。嗚呼、あの白い柔肌に食い込む縄を想像するだけで………っふ。『据え膳食わぬは男の恥』だ。待って居るのだな、ヒメ!!(花鳥錦月歩の欲望に塗れた学園生活は、優雅に過ぎていくのだろう。ひとつの大きな野望を秘めて――。)