の場合
【a::あなたの華麗なる一日】
(早朝。午前6時に起床した南風原朱鳥が起き抜けに眼にし耳にする光景は17年間大凡変わりなく、古い家の廊下を軋ませれば間髪入れず「若、お早う御座います!!!」と、泣く子も黙る厳つい強面を提げた威勢の良い輩共の野太い合唱だ。一回りも二回りも上の男が揃いも揃って組長の息子と言うだけの若造相手に慇懃に、畏まったその所作を見る度──尽きない辟易が眉間に皺を刻ませる。)………はよ。(ぞろりとお行儀良く並んだ組員を一瞥し、嘆息と共に低い声を注ぐ一日の始まりは雲行きが悪くとも。そんな靄も着崩しきった身なりながら穢れの無い純白の学ランに袖を通して、白薔薇学院へと向かう足取りだけは一介の青少年と化し、軽やかさを纏っていた。一度付いて来るなと言い含めてから、尾行の如く隠れる様になった背後数メートル向こうの下っ端の存在なぞ知ったこっちゃない。ランニング代わりの駆け足で軽快に冷たい空気を割き靴音を鳴らせば、学院に辿り着くのもさして時間は掛からない距離だった。そうして愛すべき学び舎の校門前に、珍しく桃色の頭を視界に認めれば「おっ」の感嘆も漏れよう。この足を軽くする主たる要因、地を蹴る爪先が弾む。)ヒメ先輩!ヒーメせんっぱいっ。押ッ忍!!(寝起きの声音とはまるで別人の如く、清爽な朝に似つかわしい明朗な声が響く。キッとブレーキを掛けて彼の人の前で走った勢いを殺し、挨拶を紡ぐ朗らかな笑みは声音に違わぬ面持ち。ちいさな御仁に身体を向けたなら姿勢正しく一礼をした。礼を重んじるのは、空手と同じだ。)先輩今日は早いッスね。生徒会?ラッキー、鞄持ちましょうか?教室まで一緒させてくださいよ。(上機嫌が見て取れるにこやかさで、長身から差し伸べるからっぽの手。南風原にとって日常であった奉仕の仕方なぞ、こんなこと位しか知らない。「ま、勝手に付いて行くんスけど。」その手に鞄が預けられようがられまいが、これ幸いとばかりに彼の隣に厚かましく並ぶ男は緩やかな歩調に切り替える。)俺は今日これから朝練ッスね!先輩はまた空手部に顔出してくれたりしないんスか?俺、ずっと待ってんのに。(細む紅玉の双眸が惜しみを眦に、口吻すら甘えを孕んで乞うように。入学当初の鮮烈な光景が今なお、眼裏に焼き付いて離れない。行きがけすらありとあらゆる男がヒメを見初めて声を掛ける中、図々しく傍らを離れる気もなくお付きの如く身を置く辺りに神経の太さは見てとれよう。飽く迄南風原はにこやかだ。)相変わらず強いッスね、ヒメ先輩。(ぽつりと零すのは朝っぱらからどんなアプローチにも決して靡かない、ブレない、揺るぎないその姿への感想。その心根の強さを称賛した。だからこの人を前にすると、笑みが絶えず心の疼きを感じる。)そーゆーとこすっげえ好きだな~。またね、ヒメ先輩。その内空手部に来てよ。 今度は、(軽忽な声で宣いながら道中はアッと言う間の瞬の刻、彼の人の教室迄送り届けたならば身体を折り曲げて耳元にささめく──胸に秘めた熱が燻り、熟れたようにどろりとしたひと声。そうなんぴと足りとも、姫路輝夜も、)負けねえよ。(この鼓動の震えも、熱も、恋によく似ている。)