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(見つけ出そうとしているのは失われた記憶の鍵。)
エマニュエル|2014/12/17(水) 02:30|1 
(明けぬ夜はなく、また終わらない夢もない。朝が巡り、――ただの一日が始まる。この日、エマニュエルは少年を連れて例の地下室へ訪れていた。師匠が、“逃げ場”だと称した場所だ。奴隷の印を解きたいと少年に口にした日から更に数日が経過している。エマニュエルは、少年の記憶が失われたままでいることがどうにも良しと思われなかった。なので今日は、エマニュエルなりにどうしたら少年の記憶が取り戻せるのか試してみようとしたのである。)記憶喪失というものは心因性と外傷性のものがあるようで、……きみに大きな外傷は見受けられなかったですし、外傷性の線は薄いと考えて、心因性かと……。やはり、その記憶の中に鍵があるのではないかなと思います。(不思議と明るい地下室の中に、まだら模様の蛾がひらりと待っている。持ち込んだ椅子に腰かけさせた少年の顔を覗き込みながら、)……なので、きみの記憶をほんの少しだけ覗いてみたいと考えているのです、フィロメル。そもそも、魔法が効くかどうかも不明ですが。……でもきみにとってはつらいものかもしれない。おそろしいなら、試みる気はありません。……きみの意向を聞かせてくれますか?(エマニュエルはそう気づかわしげに言った。そういえば――全く思い当らなかったが、それこそ記憶喪失の魔法をかけられている可能性だとて否定できないから、その場合は慎重に探らねばならないだろう。静かな表情で、魔法使いは少年の返事を待っている。)

魔法ってどんなことでもできるの?できないこともある?
フィロメル|2014/12/18(木) 00:42|5
(ほんの数日のうちに、フィロメルが浮かべる笑顔の合間には年相応の表情が増えていた。これまで青年のパーソナルスペースとして無遠慮に立ち入ることのなかった書庫にもしょっちゅう上がり込み、“しるし”を解く手がかりを探そうとむつかしい書物とにらめっこしたり、記憶の欠片が未だ揃わないことに頬を膨らませたりと、良くも悪くも青年に対する慎みが消えつつあったのだ。とはいえ青年をより所としているのは変わらぬこと、彼が良かれと感じることにはフィロメルもまた共感を抱いている。秘められた地下室を訪れ今は歌わぬ小さな友だちと挨拶を交わしたなら、言われるまま椅子に腰かけ青年の話を聞いていた。)ほんとの僕が思い出したくないって思ってるから、忘れちゃったってこと?(蛾の羽ばたきに合わせるように少し浮いた足先を遊ばせながら、確認の意味を込めて問いかける。単語そのものは聞き慣れないけれど理解するには難くないから、改めて自身を見つめ直すような心地でしばし思案したのち、)――記憶をのぞくのって、エマは疲れちゃわない?エマがだいじょうぶなら、僕もへいきだよっ。……エマの言うことだから聞くんじゃなくってね、僕のためにもきっと、必要なことだって思うから。――つらいものだったら、エマになぐさめてもらっちゃおっと。(この身を案ずる青年へと注がれる眼差しから、盲目的な色合いはすっかり削がれていた。その代わり真っ直ぐに深海の色を見つめ返して――最後にはいつものように、冗談混じりの笑声が弾けよう。両手を膝の上に添えたなら「おねがいしますっ」なんてそれらしくお辞儀をしてみるのだった。)

あります。基本的に身の丈に合わない事は出来ませんよ。
エマニュエル|2014/12/18(木) 13:45|8
(「そういうことになります」、と確認の問いかけに頷く。真っ直ぐ注がれる眼差しと、いつもどおりの愛らしい笑声にこちらもぎこちない笑みを返そうとして、数百年単位で固まった表情筋のせいか失敗しつつ、)……きみは強いこどもですね。(と感嘆混じりの言葉を。あの夜より以前から、少年の記憶の回復や隷属の印消去について考えていたのだが、夜の出来事を経てエマニュエルの中でその意思はますます強くなっていた。安心させるようにほんのりと目を細めながら、)疲れてしまったら、ねぎらってください――というのも、おかしいですが。きみの身に起きたことは、わたしも受け入れなければならない……いえ、受け入れたいと思うことです。ですから、きみがよろしいのでしたらわたしも覚悟は出来ている。……やってみましょう。(そう言いながら、魔法使いは両手を伸ばした。ひやりとした掌が少年の小さな頭蓋を包むように触れる。「では、いきます……。」と一声かけてから、エマニュエルは慎重に力を注ぎ始め、これまでの――フィロメルとして少年が記憶したことに触れていった。問題は、闇に包まれたその後だ。)……なにか、思い出そうとしてみてください。……きみにはっきりと思い出せなくても、きみを通じてわたしには見えるかもしれない。(そう、囁くように言った。)

そうなんだ。エマの“みのたけ”ってどのくらい?
フィロメル|2014/12/19(金) 03:47|15
(強くいられるのだとしたら“つらいもの”が何なのか未だ判然としないからだろうと、フィロメル本人は理解していた。その上で、不完全なこころは何よりの支えとして青年を望んでいる。ぎこちなさ残る面差しの変遷をいとおしみながら、フィロメルもまた柔く目元を緩めて応えた。似たような言葉選びには思わず気の抜けた笑い声が漏れて、)――ひひっ、こういうのって、なんて言うんだったかしら。……おたがいさま?一緒にがんばろう、エマっ。(幼さ残る励ましが、軽やかな調子で地下室に響いたのち。青年に触れられたなら背もたれに預けていた上体をお行儀よく少し起こして、集中出来るように目を閉じてみる。魔法といえどもフィロメル自身は何かしら力を感じることは出来ぬまま、青年の囁きが導くものを探そうとしていた。なにか、手がかりになるようなもの――“いつわり”でない自身が思い出したくないと願うもの。ふと過ぎったのは先日見た、)そうだ。きもちわるくなっちゃったから、エマには言わなかったけどね。スコーンとお別れしたあと、すごくいやな夢を見たな。僕は泣いてて……姉さんは僕のこと、なんて呼んだかしら。……そしてだれかが、姉さんをつれていっちゃうの。……おとこのひとだった、……あのひとはだれなんだろう、――あなたは、だれ……?(静かに、手繰るように言葉をひとつずつ拾い上げていきながら、また言いようのない不快感が腹部から喉元へと逆流するようだった。触れては、開けてはならないと本能的に訴えられるようで――それでもあの日のように誤魔化すことはしない。頭を包み込む青年の細い指を頼りにして、膝上で握りしめた拳には微かに汗が滲む。)

そうですね、5フィート11インチくらいでしょうか……。
エマニュエル|2014/12/19(金) 23:03|19
男……、(少年がゆっくりと呼び起こそうとする記憶を、エマニュエルも目蓋を閉じあわせたまま手繰り寄せようとして“目”を凝らす。そうして、確かに見た。――靄のかかったようなはっきりとしない中に、少年と、少年によく似た少女が寄り添っているのを。声は遠すぎて聞こえないが、微かに聞き覚えのある旋律を細く口ずさんでいるのを聞く、――そうすると、少年の言った通り、立ち塞がる男がひとり。……領主だろうか?見知った顔だったが、不思議とエマニュエルにも判断が出来なかった。記憶喪失というよりか、この記憶はなにかに固く鎖されているような……。もう少し深く見ようとした途端、少年の感じた不快感が流れ込んできて息が詰まった。頭蓋を包み込んだ手は、やがて少年の白い髪を優しく撫で始めて、)……ありがとうございました。もう、無理はしないで大丈夫です。……わたしにも見えました、ほんの少しだけですが……お姉さんときみ、それから男性の姿を。覗いてみて思ったのですが、……心因性という線も、外れているかもしれません……きみの記憶は、第三者に鎖されているような印象を受けました。原因はわからないままですが。(ふう、と大きく息を吐く。軽い疲れがあった。みずからも少年のとなりに腰かけながら、片手は未だに少年の頭に添えられている。慰めるような、優しげな手つきであった。)……おそらく、あの男性は領主さまなのだと思います。きみが不快を感じているのが、なんとなく伝わってきたのですが――少し、違和感があります。言っていませんでしたが、きみは、奴隷であった頃……領主さまのことを敬愛していたそうなのですよ。きみに見せたシーツを取り扱っている寝具店の店主がそう言っていました。……所詮は伝聞ですから、真実かはわかりませんけれど。

……。すっごくおっきいんだろうなってことはわかったよっ。
フィロメル|2014/12/20(土) 22:50|27
(得体の知れない悪心に耐えるよう寄せられていた眉は、青年のやさしい手つきによって解されていこう。魔法とひとくちに言ってもフィロメルには分からないことだらけだ。同じ風景を“見た”という青年に対しては子どもらしい感心を抱くと同時に、労るようにして髪に触れる指先を数度さすった。)おつかれさまっ。……だれかが、わざと僕を“いつわり”にしたってこと?エマみたいに、魔法をつかって。――おかしいねっ。記憶を消したいだけなら、僕をころしちゃえばそれですむのに。(青年とはまた異なる感覚で、フィロメルも違和を感じてしまう。とはいえむつかしい話は不得手である、物騒な発想を告げたのちはそれ以上のことは思い付かず、首を傾げるに止まった。柔らかな指先に甘えるよう隣の青年へと寄りかかり、小さな掌は疲労の窺える彼の背中にそっと添えられる。青年から聞かされた情報に覚えはない。かつての自身に向けられていたという客観的な事実を飲み込むために、それらをひとつずつ噛み砕いていく。)そうなんだ。“けいあい”って、そのひとのことがすきってことだよね?……僕はエマがすきだけど、むかしの僕は領主さまのことがすきだったのね。(言葉にしていくうちに、いっとうの違和感が突として胸を刺した。微笑んでいた口元が僅かに引きつる。)――僕も姉さんもどれいなのに、僕は領主さまのことがすきなの?……領主さまって、やさしいひと?…………どうしよう、エマ。僕ね、……すっごく、きもちわるい…………。(わけを考えても分からない。言ってはいけないことを口にしているような、感じるはずのないものを抱いているような――自分が自分でなくなる心地がして、フィロメルは口を閉ざした。こみ上げるものを抑えるように両手で口元を覆い隠し、淡いブルーは宙を見つめて揺れている。)

……きみに勉強を教えるべきだっただろうか……。
エマニュエル|2014/12/21(日) 12:43|34
(ほとんど確信に近い気持ちと共にエマニュエルは頷いた。物騒な発言には苦笑したかったが、生憎と表情筋の動きは鈍く、ぴくりと口角が震えるにとどまってしまったけれど。寄り掛かる小さな身体を受け止め、その髪に頬をくっつけながら、)殺す――……そうですね。残念ながら……本来ならば、それで済む話です。しかし、きみの記憶を鎖し、生かしておいているということは……他に何か目的があった、と考えるのが妥当だと思います。目的が何であるのか、見当もつきませんけれど……。(またひとつため息を吐く。偶然小耳に挟んだ民の間で広まっている噂の件や、手元に届いた手紙についてなど――不吉な予感と疑問は尽きることがない。この少年についてもそうだった。偶然聞くことのできた過去の少年の像と、今垣間見た少年の姿があまりにも違いすぎるのだ。眉をひそめていたエマニュエルは、自分の発言により様子のおかしい少年を認めるとは、としてその背を撫ぜはじめた。)領主さまは――……、……奴隷に対して、大変当たりの強い方であるそうです。……、……なぜ……?(少年の様子を見て、エマニュエルの感じた違和感はますます強くなっていた。記憶をなくした者は、まったくの別人に成り代わるものなのだろうか?少年の“拒絶”は本物で、あの店主が言っていたような、領主を敬愛しているなどとは到底信じ難い。たとえ少年が“壊れていた”としても。その身体を抱き寄せ、ぬくもりを分けるようにしながら、エマニュエルは口を開いた。)きみにも……なにか、……目的があったのかもしれませんね。領主さまに目的があったように、きみも。(風が騒めく。じきに夜が来るだろう。この地下室の中では、互いの音以外は届かないけれど。)

いまからじゃ間に合わない?僕ってもう手おくれ?
フィロメル|2014/12/22(月) 17:17|39
エマがたおれてた僕を助けてくれたのはぐうぜんなんだよねっ?それもほんとは誰かの“わざと”だったりして。――なんてね、むつかしいなっ。(青年は自身に“しるし”を付けたのだと打ち明けてくれた。目的は見えぬまま、けれどもひとつひとつの出来事には関連性が窺えなくもない。それらしく思案顔を浮かべてみたものの、青年と同じく見当も付かなければむつかしそうな表情もすぐに崩れていこう。嘆息漏らす青年に向けて、こちらは不安を散らすように笑顔を浮かばせる。えも言われぬ気持ちの悪さに襲われてからはそうした立場も逆転し、背中に感じるやさしい手つきにそっと目を閉じた。柔らかなぬくもりに包まれて、深く長い安堵の息を吐き出す。)もくてき……、……いやなことじゃなければ、いいな。(そのまま全身を預けるようにして青年の膝のあたりに手を添えて、呟いた言葉は願望というよりかは祈りに近かった。吐き気は少しずつ治まっていくけれど、胸の奥に生じた嵐は変わらず静かに暴れている。自身と姉を奴隷として扱う相手に好意を向ける目的など、フィロメルにはとても理解出来そうにない。だのに常のように他人事として笑えないことが、何故だかとても恐ろしかった。)――ねえ、エマ。僕ね、エマのことがだいすきだよ。ほんとの僕がどんなに領主さまをすきでも、僕はエマがすき。フィロメルはエマがすき。――なにがあっても、きっと、かならずよ。エマ、エマ……。(青年の胸元へと顔を擦り付けて、繰り返す言の葉はおまじないの響きを帯びていた。焦がれるような微笑みはそっと静寂の地下室へと溶けていく。目一杯甘えたのちは青年を見上げる双眸も落ち着きを取り戻していよう、「おなかすいちゃったなっ」なんていつものようにおどけて見せた。)

――
領主|2014/12/23(火) 00:34|42
あなた方の家まで領主は現れましたが地下室への入り口には全く気付かず、家の中へと入ろうとドアノブを捻りました。

間に合いますがわたしの教えは厳しいですよ。
エマニュエル|2014/12/23(火) 02:43|43
(いやなことでなければいい。そう望むのはこの魔法使いも同じこと。なにもかも平和なままの終わりは、もはや望むことは出来ないけれど。その背の頼りなさを愛でるようにして、エマニュエルの手はややぎこちなく、それでもやわらかく動いた。抱き寄せたままの姿勢で少年の好きにさせながら、繰り返される好意を聞いている。やや切実な響きを帯びたそれはまじないのようにも聞こえたが、それでもエマニュエルの胸の奥は熱くうるみ、流れ込む衝動に震えた。それは、まぎれもない歓喜の震えであった。)ええ……、わかっています。……わかって、います。フィロメル……わたしに光をくれたこども。なにがあっても、わたしはきみを思っています。きみがだれであっても。……これだけは、まちがいなく真実です。(指が、少年の滑らかな髪を通ってゆく。――身体が、自然と動いていた。身を屈め、少年の頬に手を添えそっとこちらへ向かせると、その頬に落とそうとするのは親愛の口づけ。かつて世にとある宗教が起こり、エマニュエルも神を信じていた頃そうしたように。儀式めいた口づけはすぐに終わり、ならば夕飯の支度を、としたそのとき。)……、(は、と階段の先を仰いだ。小屋に異常がある。何者か、侵入しようとしている者がいる。ふたりの目には明らかな地下室は、その“何者か”には見ることが出来ないのだろうか?エマニュエルは師匠の手記に書かれた言葉を思い出す。そうだ、この場所は、“逃げ場”なのだ。)……上に――何者かが、(そう言いかけ、エマニュエルは言葉を正した。予感は無かったが、予想はついている。)……領主さまが居ます、おそらく。きみを探しに来たのでしょう、フィロメル……きみは、どうしたいですか?(もしかしたら。ほんのわずかな可能性ではあるが、このままやり過ごすことが出来るかもしれない。魔法使いは少年をひたと見つめた。このまま、逃げることが出来るのか?――けれど、それでは。失われた少年はほんとうに失われてしまうような気持ちがする。)わたしは……真実を、取り戻さなければならないと思う。

でもエマってたくさんほめてもくれるから。がんばるよっ。
フィロメル|2014/12/23(火) 13:47|45
(青年の柔らかな響きこそ、小夜啼鳥にとっては何よりもとうとい光と呼べるだろう。やさしい声を聞きながら、フィロメルは互いの過去を知ったあの夜と同じ心地を感じていた。――しあわせだった。それは何だかいけないことのような気がするから、少しだけまた戸惑ってしまうけれど。淡いブルーから一滴を溶かして、フィロメルはそっと微笑んだ。)ありがとう、エマ。……僕ね、わすれないよ。(――穴だらけの記憶の中でも、きっとこの気持ちだけは。恭しい口づけを受け入れたなら、そこからいのちを吹き込まれるようにして頬はほのかに色付こう。くすぐったそうな笑声が漏れたのち、見よう見まねで青年の横顔へと手を伸ばせば「おかえしだよっ」なんて白い頬に唇を寄せた。そうして椅子から床へと跳ねた身軽な身体は、青年の異変を感じ取りその動きを止める。続く言葉を聞いて双眸は静かに見開かれよう。――恐らくは全ての“鍵”を握っている人物が、すぐそこにいる。怯えるように一度肩を竦めたのはきっと、本能的な反応だ。)僕は……、(常のように二つ返事というわけにはいかなかった。深い海の色をフィロメルもまた見つめ返す。答えは――、そこに見つけた気がした。)……わざわざ来てくれるなんて、しんせつなひとねっ。(白い歯を覗かせて、遊ぶように笑ってみせる。こころを奮い立たせるために。)――いこう、エマ。いつわりじゃなくなっても、フィロメルはフィロメルのままだもの。エマがむかしをとり戻したみたいにね、僕もそうしなくっちゃ。そのあとで、おいしい夕ごはん食べようねっ。(紡ぐ言葉は軽口ではなく、ささやかな未来を望む祈りの歌声だ。青年の腕を引くようにして、細い指先を握りしめた。見上げた階段の先に何が待ち受けていようとも、繋いだこの手だけは決して離さぬように。)

きみはもとが賢いですから、わたしよりも覚えが早いでしょう。◎
エマニュエル|2014/12/23(火) 19:50|47
(指を握りしめられる。強さを与えなければいけない立場なのに、繋いだ手から、こちらのほうが力を与えられたようだった。今はもう手袋の無い手が、少年のちいさな手を握り返す。――きっと、この少年のためならば、己はなんでもするだろう。)……お守り……前に、きみへ差し上げましたね。まだ持っていますか?……持っているなら、忘れないで。わたしは、きみのそばにいます。……大好きですよ、フィロメル。夕飯には、知人に教えて頂いた卵焼きを作ります。(とんとんと自らの胸元を指示して表したのは、遠出をしたときの迷子よけの代わりだった水晶のお守り。力はごくわずかだが、その石が少年をほんのすこしでも守ってくれるように、エマニュエルは祈ろう。そして、先ほど伝えられたようなおさない好意を口にしつつ、階段を上る。師のやさしさが灯るあたたかい場所から、つめたく昏い夜の外界へ。)――領主さま……、わたくしはこちらに居ります。お久しぶりでございます……。(彼からしてみれば、突然現れたようにも見えるかもしれない。扉へ手をかけている壮年の男性の背へ、エマニュエルはそっと声をかけた。)領主さま御自らこのようなところへ足を運ばれたということは、ただ事ではないのでしょう。目的のものは、この少年でございましょうか?……町よりも、丘の上の夜風は冷えます。どうぞ、小屋の中へお入りくださいませ……。(エマニュエル自身が手で触れることはないまま、小屋の扉が開かれた。暗闇の広がっていた小屋の中に、ひとつふたつと明かりが灯っていく。魔法使いの片方の手は、少年と繋がれている。)

私の奴隷は賢かろうとそうでなかろうと意味などないのだよ。
領主|2014/12/24(水) 00:14|50
「おや、エマニュエル。良い歓迎をしてくれた。だが此処で結構」

急に後ろに現れた魔法使いに驚きもせず、壮年の男性――此のノースウィンドの領主が答えました。

「そう、私の目的は此の『サバト』だ。白にお前の元に私のものがあると聞いてね――」

そう言葉にしながら領主は貴方がたに近づいて来ます。名前の発音が耳に届いた瞬間、少年は全てを思い出すでしょう。自分の身の上、今までの生活。自分の本来持っていた考え方。――全ての記憶を。姉は既に息絶え、其の復讐のために領主のもとで従順に生きていたことを思い出します。

「エマニュエルよ、分かっていると思うが、私の物を返してもらおうか。『サバト』『ついてきなさい』」

力ある言葉が少年を縛りました。


ええ、この世のすべての意味は、領主さまの手の中に。
サバト|2014/12/24(水) 13:44|54
(身に付けていることが当たり前過ぎてフィロメルも忘れていたけれど、青年から貰ったお守りは言い付け通り外には出さぬよう今も服の下に秘されていた。空いている方の掌で布越しにそれとへと触れる。慕わしさ表す言葉には目映そうに目を細めて、献立を聞いたのなら喜色を声にしよう。柔く微笑んでいたかんばせは、夜風を受けて佇む人影を認めるのと同時に不安げな表情を滲ませた。しずしずと言葉を紡いでいく青年に縋るようにして、指先に力を込め小さな身体を長身へぴたりと寄せる。――それが、フィロメルとしての最後の意志だった。厳格そうな男性の姿こそ、夢で姉を連れ去った人物。名前を呼ばれたその瞬間、固い瓶の蓋が一気に弾け飛び、そこからどす黒いものがどっと溢れ出した。)領主さま……、(笑みを形作る唇から漏れたのは甘い声。瞳は潤み、手が奮える。この世のものとは思えない嘆きを感じていたのはフィロメルだった。一方で、土曜日生まれの奴隷の子どもは歓喜にも似た感情に打ち震えている。ゆめゆめ忘れてはならぬことを思い出せたからだ。――嗚呼だって、自身はこの男を“   ”ために生きてきたのだから。繋いだ手を振り払うようにして離したのはこちらから。そうして一度だけ、領主からは見えないよう、青年にしか見えないよう振り向きざまに唇を動かした。“ごめんね”――そう、ぐしゃぐしゃに歪んだ笑顔で。)ああ、ああ――領主さま、なんということでしょう。あなたさまのご恩情をいっときでも忘れてしまうなんて、この世でいっとう罪深いことを僕はおかしてしまったというのに。こんなにもおろかしい僕のことを、あなたさまは手ずからひき取りにおいでくださったのですね。僕のこころはいま、あなたさまへの感謝といとしみに満ちあふれています。――いつくしき領主さま。すべてはあなたさまの尊きみこころのままに。あなたさまのためだけに、この心臓は脈を打つのですから。(軽やかに歩を進め、領主の元へと恭しく膝を突いたのち。歌うように言葉を紡いで少年は頭を垂れる。記憶を取り戻したというよりは、人格が入れ替わったような様相だったろう。蚊帳の外であると言わんばかりに、青年には目もくれぬまま。“いつわり”でなくなった少年の姿がそこにはあった。)

より賢く、優秀な奴隷のほうが領主さまのためにもなりましょう。
エマニュエル|2014/12/24(水) 19:59|56
(繋いでいた手を離したのは、少年の方だった。不思議なほどに驚きはない。驚きはないが――言いようのない感情が胸に訪れ、エマニュエルの海色の瞳がはほんのわずかに見開かれた。そうして認めたのは、こちらを振り返り、歪んだ笑顔で唇を動かす“フィロメル”。最後の言葉はおそらく、わびることば。いつわりでなくなった少年は――“サバト”は、こちらを振り返ることをしなかった。エマニュエルはそれ以上動揺を見せないまま、瞳を閉じる。ささやかな仕草はこちらを見ない少年はもちろん、伯爵にも気付かれまい。)そうですか、バルドさまが……相変わらず仲睦まじいご様子。大変結構なことです。では僭越ながらこの場にて、……お話したいことがございます。(恭しくこうべを垂れ、この地を総べる者を見る目は光が無く、双眸のはまる青白い面はまるでつくりもののように表情がない。それは、エマニュエル自身は数百年をかけての作り上げてきた砦であった。振り返らぬ少年の背を、青い瞳は見ない。静かなまなざしは、まっすぐ領主だけに注がれていた。)先ほどまで、この少年……“サバト”は記憶を失っておりました。外傷や、ストレスによる記憶喪失であろうかと考え、少年の記憶を覗こうと試みたのですが……わたくしの予想はどれも外れ、少年の記憶は何者かに鎖されているようなようすでございました。領主さま……奴隷たちにご命令――あるいは、魔法をかけようとなさるのは、あなたさまだけでしょう……。もし、わたくしの元へこの少年が来たことも、領主さまのお考えであるのなら、わけをお聞かせ願いたいのでございます。(そう言って、エマニュエルは遠慮がちに目を伏せた。敵意や反抗の意思は、この魔法使いの中にどこにもない。ただこの夜の静寂に似たわびしさで、領主に対して言葉を続けた。その言葉は、少年にもまちがいなく届くだろう。)……思い違えなさらないで頂きたいのは、わたくしは下らぬ好奇心を満たすため、あなたさまにお聞きしているのではないのです。ただ、あなたさまになにをお捧げいたしましたらあなたさまを満足させることが出来、わたくしが……“あなたさまのもの”を譲り受ける権利が生まれるのか……知りたいのでございます、領主さま。

ふふっ。魔法使いさまはかちくに知恵が必要とお思いなのですか?
サバト|2014/12/25(木) 02:09|60
(深い深い海の底に沈んだように遠くで青年の声を聞きながら、少年は在りし日のことを思い出していた。“裏切らず、誠実に”――それらは極めて容易い約束だと信じていたことが、あまりに愚かしくて堪らない。フィロメルの抱いていた無垢な想いなど、サバトにとっては全てまがいものだ。自身は青年のことを裏切るだろう。これまでも、そしてこれからも。だからこそ、青年が領主へと向けて譲渡の権利を問うたとき。意図的に絶たれていた意識が呼び戻されて、サバトは堰を切ったように口を開いた。)――ふっ、ふふっ、ふふふふふ!ああ領主さま、あなたさまのお耳を汚してしまい申しわけございません。魔法使いさまがあまりにおいたわしくって。あなたさまのお美しいくちびるを使われる価値もないことです。どうか僕にお任せください。(跪いたまま笑声を弾けさせ、恍惚の瞳で領主を見やる。そうして上品な所作で立ち上がったのなら、青年へと向き直り距離を縮めよう。かんばせに浮かぶのは先ほどの崩れたそれとは違い、欠けたところのない笑顔だ。)おかわいそうな魔法使いさま。あなたは領主さまの尊きみこころを満たすお力がご自身にあると、そう思い上がっていらっしゃるのですね。――ああ、あなたを責めたいわけではないのです。あのお方のためにすべてをささげたいと願うことは、生きとし生けるものとして当然の欲求なのですから。でも――、(光をなくしたガラス玉は、同じく感情の失せた青年のおもてを見つめていた。言葉は一度途切れ、息継ぎのために冷たい夜風をそっと吸い込む。)せんえつながら魔法使いさま。“あなたさまのもの”と仰るのが名前を与えた少年のことでしたら、あなたはとんだ思い違いをしていらっしゃるのですよ。僕はずうっと領主さまのもとへと帰ることを望んでいました。あの雨の日、意識を失うそのときまで。僕と領主さまをふたたび引き合わせてくださったことは感謝しています。――でもそれだけ。あなたがなすべきことなんて、他にはただのひとつも残されてはいませんよ。(吟ずるような声音は異様なものとして静かな丘に響こうか。人形のような皮膚の下では、ひと呼吸ごとに内臓が引きちぎれていく。自らの心臓に杭を打ちながら、サバトはうっとりと微笑んだ。気持ち悪いでしょう厭わしいでしょう――そう見せつけるように。)

知恵もつけられぬ畜生ですか。捨てられるのも近いですね。◎
エマニュエル|2014/12/25(木) 03:03|62
(まことの姿となった少年と、魔法使いは対峙する。領主ただひとりに向けられていた青い目は、こちらを仰ぎ見る淡いブルーをゆっくりと見下ろした。少年の瞳の中に、“まがいもの”であった少年の持っていたあたたかさや無垢は無く、底知れぬ信仰のようなものが凝り固まっているのを、エマニュエルは確かに見たような気持ちがした。しかしエマニュエルの瞳の中にも、小夜啼鳥へ向けられていた親愛ややわらかさはないだろう。あるいは夜の暗闇を吸って、どこか深いところに隠れてしまっているだろう。ちいさきものを見下ろした青白い面は、ゆるりとした動きで首を傾げた。少年の声など、届いているかも曖昧にしてしまうように。)思い上がっているのはお前のほうではありませんか、“サバト”。お前に領主さまのお言葉を代弁する権利などありません。わたくしが領主さまをご満足させることが出来るのか否かを決定するのもお前ではありません。お前の意見は求めていない。……それとも……若きころより魔力こそ衰えていますが、ひとりの魔法使いの価値よりも、そうして囀るのが能のちっぽけな奴隷ひとりの方が領主さまのお役に立てると言うのですか?……それこそいたわしいほど愚かな考えです。二度は言いません、お黙りなさい。(滑らかに紡がれる声は淡々として、ほんの些細な乱れもない。少年を見下ろす瞳が昏く冷え、鋭く細められてゆく。ごく自然な動作で領主のほうへ視線を戻すと、エマニュエルはまた恭しくこうべを垂れた。)あなたさまの御前で、あなたさまの持ち物を罵倒するなどと、見苦しいものをお見せして申し訳ございませんでした、領主さま。……ですが、わたくしはしんから……この奴隷を譲っていただくことを希っております。……お返事を、お聞かせくださいませ。

――
領主|2014/12/25(木) 09:33|65
(脚本家が作り上げた悲劇の場面を見ているかのように瞳に感情を載せることもなくやり取りを伺っていた領主は、魔法使いの言葉に面白げに表情を崩した。)奪うのではなく譲り渡せと、ふ……面白い。――だがエマニュエルよ、其の程度で私のものを得られると思っているのか? 確かにお前がは私のために働いてくれているよ。ここ十年の間では……此のサバトも、ハインも、シュクレも、アゼリアも、"ルネディ"もお前が私のものにしてくれた。……だが、それは当然のことだろう?忠義と云うには足りぬ。――さあエマニュエル、私のために何をしてくれる。(――領主の目に映る此の男は慇懃無礼である。表面上だけ取り繕おうと領主に対し何ら崇拝の念を抱いていないことを領主は知っていた。其の程度では足りぬと魔法使いの忠誠を求め見下ろし続けた。)

それこそあなたには関係のないことでしょう。ええ、なにひとつ。
サバト|2014/12/25(木) 22:40|68
(温度のない言葉を聞きながら、サバトはまるでそれが面白いことであるかのように笑みを深めさせた。先に悪たれ口をきいたのはこちらであるというのに、あろうことか籠に押し込んだ小夜啼鳥は酷く悲しげな声で鳴いている。一方でサバトは、主の前で自身を値踏みする発言をした青年に対して言い知れぬ怒りのようなものを抱いていた。外からは見えぬよう口内を噛みしめれば、ちぎれたそこから広がるのは生々しい鉄の味だ。)ああ、仰るとおりです魔法使いさま。かちくの分際で出すぎたまねを、大変失礼いたしました。(そうして青年へと丁重に頭を下げてからは、貝のように口を閉ざして対峙する二人を傍観していた。罵るようなことを口にしながらも依然として少年の所在について食い下がる青年の心情を、サバトは理解することが出来ない。理解してはならないことだった。彼が何かを捧げる価値など真砂ほどもないのだ、小夜啼鳥にも――この壮年の男にも。感情とは裏腹に恍惚とした面持ちで領主の言を聞いていたサバトは、思いがけない“単語”を耳にしてガラス玉を見開いた。はらわたがぐしゃりとひしゃげる音がする。)領主さま……あなたさまは本当に、いつくしみに満ちていらっしゃるのですね。この僕だけにとどまらず、あなたさまのお目を汚したみにくい姉のことすらも、いまだに所有物として記憶にとどめてくださっているなんて。彼女もきっと土の下であなたさまに感謝していることでしょう、ええ違いありません。(両者の言葉が途切れたとき。ほとんど呼気に近い囁きからはじまり、歌うたう声は感激にむせぶように震えていた。少年はあの日の夜を思い出す。青年は自分が“しるし”をつけたのだと言った。姉にも会ったことがあるのだと。ならば名前を与えた少年を求めるのは死神としての贖罪だろうか――否、どうであろうとサバトにはどうでもよいことだ。何もかも受け入れるには、こころという入れ物は作りが脆すぎる。残酷な現実を突き付けられながらも、お前のせいだと魔法使いに詰め寄る気など湧いてもこなかった。――ただ、ほんの少しだけ。自身が譲り受けようとしている少年の醜き本性を知らずにいる青年が気の毒に思えて、夜の闇を吸い込んだ瞳に向けられた視線には、ささやかな柔らかさが溶けていただろう。)

貰い受けたいと望むものを、関係ないとは致しません。◎
エマニュエル|2014/12/27(土) 00:02|71
(領主が言い連ねた己の手で祝福を施した奴隷たちの名を聞いても、だれひとり――この少年を除いては――その顔を脳裏に浮かべることが出来ない。なにもかもが虚ろな忘却のさなかにあって、――だから魔法使いは揺らがなかった。美しい紺色の髪の同朋のように、かなしむ心は持ち合わせていない。眼窩にはまっているだけの、かざりになったような眼で領主をただ見ている。しかしその静かな表情は、少年のうたう声を聞いてこわばった。おだやかな水面に、波が立ってゆく。うろたえかけた目は一瞬に領主から外れ、ひどく遠いものになった。まぼろしのように蘇るのは“ルネディ”……その名前。その姿。――まだ赤子だった、いとけない幼子。幼子が隷属の印をほどこされ、奴隷に身を窶すさまを見守っていたのは、彼らの親たちだっただろうか。)……死んでしまったのですね、“ルネディ”は……。(ふたたび魔法使いの目が現へ戻り、領主へともどったとき、薄い唇が紡いだのは独り言。そうしてから、エマニュエルは薄く笑った。魔法使い自身は笑みを浮かべた自覚などなかったが、唇はたしかに、そのようなかたちを描いていた。)……わたくしの魔法は人を傷つけることに向いています。ですが、領主さまの御心を煩わせるものがもし居たとして……わたくしのような新参者に処分を任せることはなさらないでしょう。……これまで、奴隷を作ることで最低限の恭順をあらわして参りました。今のわたくしが示せるものは、領主さまの御為に奴隷を作り続けること。あなたさまの……機械にわたくしはなれませぬか。これまでのような、年貢といった微々たるものではありません。望む量を、望むときに。……こどもに、隷属の印を刻むことは……あなたへの忠義になりませぬか。

――
領主|2014/12/27(土) 19:39|75
ふふふ、サバトは実に良い言葉を操る。私もそう思うよ。矢張り私の傍に置くだけの価値がお前にはある。(値踏みような瞳が少年へと向けられたのち、魔法使いへと視線を戻した領主は沈黙に彼の言葉を聞き遂げ破顔した。)ふっ……ははは!此れは愉快だ、こうしてまた同じ轍を踏み続けたいと申すか。人に執着するとは難儀だな、エマニュエルよ。だが足りぬぞ、其の程度の戯言。口ではどうとでも言えるだろう?

その“ちくしょう”をもらい受けてどうするおつもりなのですか?
サバト|2014/12/28(日) 01:58|80
(領主の評価にはそれらしい笑顔を返すことが出来たというのに。遠くを見つめる青年を認めた瞬間、知られてしまった苦しみと、知られたことによる解放感が混ざり合って胸を軋ませる。小夜啼鳥の慕う姉がもう居ないのなら残りはこの気味の悪い奴隷だけ。青年が手を尽くす必要などなくなったのだと思いたかった。薄い微笑みが紡ぐ言葉たちは、その静けさとは裏腹に荒々しくサバトの意識をさらっていく。人形のような表情の中でガラス玉だけが不自然に揺れていた。どうして、何故、そこまで――戸惑いに押し潰されながら、サバトは散らばる言の葉をかき集め青年へと詰め寄る。)もう……、おやめください、魔法使いさま。僕はフィロメルじゃない。あなたが拾ったのがサバトだったのなら、こんなことにはならなかった。あなたや他の子どもたちと、この僕ひとりとを天びんにかけるおつもりなのですか。あなたが僕をゆずり受けたところで、だれの救いにもならな――、……。(言葉は不意に途切れる。唇は確かに笑みを形作っているのに、そこから生まれるのも刃物であるはずなのに、目の前がぼやけていく。頬が冷たい。剥がれたコーティングが水分として降り注いでいることに気付いたとき、サバトは生きた心地を失った。これまで積み上げてきたものが全て壊れてしまう。あいつを“   ”ために心臓を削り取って少しずつ作り上げたものが、この一瞬で。咄嗟に噛み締めた唇から滴り落ちるのは赤い液体。胸元に秘められた塊に縋るようにして触れていることには気付かぬまま、空いた方の腕で乱暴に目元を拭った。)ああ……、さえずるしか能のないどれいの意見など、魔法使いさまは求めていらっしゃらないのでしたね。――参りましょう領主さま。あなたさま以外のかちくに身を落とすくらいなら、次は舌をかみ切ります。(流れる血を舐めとって、浮かべた笑みはひずんでいた。発する言葉は主人の機嫌を取るためのようでいて、そのじつ最初から全て青年を領主から遠ざけるために精製されていたことに、サバトは気付いてしまった。たいせつなひとを犠牲にして自分だけが助かり生き残る――かつて犯してしまった耐え難い過ちだけは、絶対に繰り返したくはない。そう、たいせつなのだ、青年のことが、だから早く消えてしまいたい、青年のこころまであいつにころされてしまう前に。踵を返したサバトは今度こそ振り返らず、領主の元へと駆け寄った。)

人間並みにしてみせようかと。……調教は得意なので。◎
エマニュエル|2014/12/29(月) 13:16|84
(フィロメル、すべてを失っていたこども。さよなきどりの名を与え、すこしの間共に暮らした。たったそれだけ。たったそれだけの関係だった。かつて己へ向けられていた笑顔も、己の名を呼ぶ声も――今となっては、そのすべてはまぼろしのよう。“いつわり”ではなく、まことの姿となった少年は領主を信仰し、己を振り返りもしないのだから。それは身を切られるほどかなしい出来事だった。しかしかなしみだけでは人は死ぬことが出来ない。どんな絶望も、この命を奪い取るまでには至らない。エマニュエルを殺すものは、孤独と時間のみであった。だから、エマニュエルはまだ生きている。やめよと言い募る声に言葉を返そうと、ふと視線を落としたときだった。)……“サバト”……?(少年のあわい色の瞳が流す、涙に気が付いたのは。刹那、心臓が止まったような心地がした。目を見開いて少年を見る。あの涙はなんだ。あの涙は――かつて、己が流したものではないか。家族のために、師のために、――大切なものたちのために、流されていたものではないか。自惚れかもしれない。そう思ったが、一方であの涙を知っていると確信があった。だからこそ、エマニュエルは惑う。エマニュエルを取り巻く人々は優しく、己へよく心を砕いてくれた。――自らが失われようとするときすら。そんなもの望んでいなかったのに。誰の救いにもならない、という少年の言葉も理解した。聖人たちのおこないは、エマニュエルを救うどころか……呪ったのだから。)“サバト”……、(頬を生暖かいものが伝い落ちていく。もうこちらを振り返らない少年の背を見つめながら、男は泣いた。忘れ去られていた、実に数百年ぶりの涙だった。その背に、震える声をかける。この静かな丘の上には、声を遮るものは何もない。)“ぼく”は間違っていた。きみは“フィロメル”じゃあない。“サバト”……その名を、忘れることなく記憶に留めて……はじめから名を呼ぶべきだった。“フィロメル”……きみに対しても間違えた。きみはいつわりじゃない。はじめから真実だった。たった今、そう確信した。でもひとつだけ、これは間違えていない。きみが、なにものであっても……ぼくは、きみを思っているよ。――だから、ぼくはこれからきみを裏切る。どうか憎むならぼくを。舌をちぎりとるのならぼくの舌を。……自分を憎むことは、どうかしないで。(魔力を纏った指先が、闇の中に輝く。その手は、緩やかな軌道を描き、……エマニュエルの心臓の上へ突き立った。まじないの光は男の身体の中に刻まれて、やがて馴染んでいった。もう二度と――取り出すことのできないように。)ええ……まことに、口ではどうとでも言うことが出来ます。しかし……戯言を真実にする魔法というものもございます。……攻撃魔法のひとつですが……人々は呪いとも云いましょう。今、自らの身体に呪いをかけました。あなたさまのために働きます。……その誓いを破れば、呪いはわたくしの身体を食い破り、……この身は滅びることとなりましょう。呪いがまことのものかは、……この丘にかかっていた魔法を解いた……あなたさまの共に尋ねれば、おわかりになるはずです。……誠実の証に、命をかけます。わたくしの命など、領主さまにとっては芥に等しいものでしょうが……かならずや、あなたさまに益を齎してみせます。どうかこの魔法使いに、お慈悲をくださいませ。……どうか。(呪いに蝕まれ、萎えた足と重力に逆らうことなく膝をつきながらこうべを垂れ、魔法使いはふたたび懇願した。)

――
領主|2014/12/29(月) 15:19|88
少々涼しすぎる場所だがなかなか愉快な見世物だったぞ。(魔法使いと少年の行動を冷めた目で見つめていた領主はふっと一笑すると魔法使いへと居直った。)エマニュエルよ、お前の覚悟は受け取った。此の子を外に出すのは惜しいが、それほどの決意であれば置いていこう。(少年の言葉には耳も傾けず、領主は其の小屋を後にしていった。)

あなたにそういうのはあまり、……似合わないと、思うな。
サバト|2014/12/29(月) 21:32|89
(震える声を受け取る小さな背中もまた震えていた。領主へと頭を垂れるふりをして、サバトは暗い地面を睨み付ける。きっともっと、ずっと、この場を納めるのに良い方法が他にあっただろう。けれどもサバトは無知だった。無力なただの少年だった。だからこそ姉を亡くしたときからずっと、作り物のような賛辞を並べ立てて仇敵の懐に入り込むような、へたくそな生き方しかして来られなかったのだ。親切な仲間のことはわざと遠ざけたし、親しげな仲間には知らん顔を突き通したし、自虐的な仲間が蔑まれても見ないふりをしたし、臆病な仲間をわざとそしるような真似もしたし、うつくしい仲間へはみにくい競争心を抱いたし、そのくせ澄ました仲間に距離を取られれば傷付くような、家畜よりずっと浅ましいいきものこそが土曜日生まれの奴隷の正体。どろどろに溶けた後悔の海で溺れていたサバトは――“裏切る”、その言葉を認識した瞬間、身に覚えのある寒気を感じて肩を跳ねさせる。こわくてさむくて振り向くことはとても出来なかった。淡い光の名残りが足下を仄かに照らし、唱えられる言の葉はそれこそのろいの旋律に聞こえる。領主が立ち去る前に何か言った気がするけれど、サバトは綿を詰めたかたまりのように物言わぬまま。ややあって震える手足を引き連れて、怖々と振り返った先に弱り果てた青年の姿を認めた瞬間、糸の切れた奴隷はその場へと崩れ落ちた。遠い日のこと、領主から処分するよう渡された麻袋の中身に気付いたときと同じように。)う……、っあぐ、――うあああああああ!(仮面は一瞬にして崩壊し、静かな丘に響くのはサバトでもフィロメルでもない、ただの子どもの慟哭。自分自身を取り繕うのが得意だった。それでも中身はたかだか十の少年だ。四肢を動かし地面を這いずれば青年の元へと近寄ることは叶おうか、伸ばした手で青白い肌へと触れる勇気はなかったけれど。)ふっ、……ぐ、……まはっ、――エマはわるくない、っがうよ、……エマは、まちがって、ないっ……ぜんぶぼくが、っるいのに、エマのせいじゃない、のにっ……うえっ、して、どう、して……。(しゃくり上げ、咳き込んで、喉から声を絞り出す。乱暴に口を動かしたせいで唇にはまた血が滲むけれど、それには構わず少年は言葉を続けた。両膝を突き両手を胸に俯いて、罪を告白する子羊のように。)……ぼく、うそ、つきなんだっ……ずうっと、っぐ、ぼくのせいで、ねえさんがしんだ、から……、っろされたから、だからぼくは、あいつをころしてやるために――!(明確な殺意を口にした瞬間、少年は声もなくその場にうずくまった。これまでに幾度となく感じたことのある腹部の痛みに脂汗を滲ませながら、苦しげな体勢はそのままに顔だけで青年を見上げる。)……ぼくってね、あくまなの。ごめんねエマ……。(汗と涙にまみれたかんばせは、弱々しく笑っていた。)

躾が得意なのは真のことですが。…では、させないでください。
エマニュエル|2014/12/31(水) 03:33|93
(こどもの悲鳴に似た慟哭が、そら恐ろしいほどの静寂を引き裂いてゆく。心臓に食らいつく呪いの疼きは次第におさまり、元のとおりの心音を刻み始めたが、もうなにごとも無かったことにはならない。それは少年の失われた記憶が彼の手元に戻ったこともそうだったし、魔法使いがふたりに隷属の印を刻んだことも、彼の姉が永遠の眠りについたこともそうだった。結果として少年は魔法使いの手元に残ったが、取り返せないものも多い。魔法使いにも――そして少年にも。泣きじゃくる少年へ、あわれむように目を細める。おさない少年の心を“裏切った”罪の意識が、この男の中にもないわけではなかった。ただ、唇は謝罪の言葉を述べはせず、)サバト。……きみのせいじゃないと、ぼくが言っても、――だれがいっても……きみは救われないだろう。ぼくが悪いのだと言っても、きみは受け入れないだろう。きみには悪いことをしたと思っているよ、やさしい子。先ほども言ったとおり、ぼくはきみを裏切った。……苦しませるのがわかっていたから……、こんなこと、するべきじゃなかった。ぼくの大切なひとたちと同じことを……きみにした。(うずくまる少年の肩に触れ、空いた手は血に汚れた唇と、汗と涙にまみれた額と頬をそっと拭う。昏い色の瞳はまるで凪いだ海のように穏やかに少年へと注いで、そこに非難の色はない。いたわるようなきもちは、乗っていたかもしれないけれど。)あえて言うよ……きみは悪くない。きみだけが……悪いんじゃない。理解したね?“ルネディ”に、……そして“サバト”に、隷属の印を刻んだ人物を。なにもかものはじまりはぼくだ。……わかるね?ぼくはきみたちにとっても死神だった。きみを、そしてきみの姉を苦しめたのはぼくだ。領主さまを殺めたいと願うなら……まずはじめにぼくに刃を向けなさい。恨むなら……ぼくを。きみの罪を、……背負うことが出来るのは、きっとぼくだけだろう。(ごめんよ、と胸の中で繰り返す謝罪はなにへ向けられたものか。しかし幾度思おうと、それは唇から音になることはない。悪魔。懐かしい響きだった。忌まわしい響きだった。ただ少年が悪魔だというのなら、この魔法使いもおなじ。故郷の村の人々は正しかった。磔にされ、炎に焼かれるべきだった。あのまま、誰も自分を救おうとはせずに。生きて尚このような苦しみを受け取るのならば。だれかに苦しみを与えるのならば。いっとうたおやかな微笑みがエマニュエルの唇に浮かんだ。宗教画に描かれた高次のもののそれのような、おそろしく無感動な微笑みが。)……奇遇だね、サバト。ぼくも悪魔と呼ばれていたよ。

そうだね、……エマを困らせるのは、いやだなって僕も思うから。
サバト|2014/12/31(水) 17:17|97
(どこまでも穏やかに織り上げられる言の葉は、少年の加工された心をかなしいほど柔らかに剥がしていく。青年の憐れみにも似たやさしさは“しるし”を疼かせる仕置きよりもよほど痛かった。掃いて捨てるほどあった憎々しい台詞たちも今は跡形もなく、少年は呼吸と瞬きだけで彼の話を聞いている。彼の言う通りだ。慈悲や恩情に救いを求められるくらいなら、それを受け入れられるくらいなら、夜ごと人殺しの夢を見て醜く生き長らえることもなかったろう。大きな掌の感触は“サバト”となってからはじめて感じるもの。そっと撫で付けるような導きに対して頷くことは出来なかったけれど、その矛先が青年に向けられたとき――少年は意志を持って頭を振った。地に手を突いて何とか上体だけを起き上がらせる。静かに見上げるのは深い海の色。“フィロメル”のだいすきな色。)それは、……できないよ。エマののど笛をかみ切って、皮をはいで、目玉をかき出しても僕は……きっと、喜べない。(いつかの回覧板よりもずっと惨憺たることを口にして、少年は力なく笑った。悲嘆も宿怨もそこには含まれず、声音はいっそ清々しいほどに冷ややかだ。濡れた双眸も今は涙の名残りだけをとどめている。告げた通り自分が酷くおぞましい化け物だと思えていた少年は、思いがけない同意を耳にして青年を見やった。息をのんだのは、目の前の微笑みがあまりにうつくしかったから。封じ込められた絵画のようなかんばせと向き合ううち、少年は何故だかとても切なくなった。)なぜ?エマもひとをだましたの?誰かを憎んでころそうとした?あくまだったから……、大切なひとたちに、裏切られたの?(縋るように青年の腕に触れ矢継ぎ早に浴びせた問いは、何を求めてのものなのか少年にも分からない。分からないからこそ知りたがった。姉が物言わぬかたまりにされたのも、青年が自らに“のろい”を突き立てたのも、はじまりが彼だと言うのなら終わりをもたらしたのは自身なのだ。汚らわしいこのいのちに価値なんてない。けれど汚らわしいそれを救ったふたつのいのちこそ、この世でいっとう尊いもの。小さな掌は血肉と服越しに青年の心臓へと触れる。脈打つ鼓動はきっと何より明確に伝えてくれるだろう――彼は、ここに、生きている。)僕ね、領主さまにかわいがられるためならどんなことでもしたよ。ひとごろしの方法ばっかり考えていつも笑ってた。……姉さんにもらったいのちを、僕は汚しちゃったんだ。(吐き出した息はどす黒い。こころを揺らすのは後悔とはまた違う迷いだ。“あくま”に身を落とさなければ、自身は今ここには居なかっただろうから。青年に触れた指先にそっと力を込める。)……エマ、僕はどうしたらいい?僕はエマのために、なにができる……?(かつてどんなに考えても答えを得られなかった問いを、時を経て少年は青年へと投げかけた。自分がいのちを失えば良かったと思う。殺したいほど憎いのは本当は自分自身だ。それでも同じ痛みを知ると言う青年が、ちっぽけなこのいきものを望んでくれるというのなら。淡いブルーは懇願の色を滲ませて彼だけを映し出す。サバトでもフィロメルでもなく、少年が孵るのは――きっと今、この瞬間。)

これまでも、だいぶ困らされたような気がしないでもないですが。
エマニュエル|2015/01/04(日) 01:29|101
悪魔と呼ばれるものは……はじめからきまってる。生まれてはいけなかったもの、罪を犯したもの、はじめから人間ではないものが、そう呼ばれる。……ぼくが憎むとしたら、たったひとりだけだよ……それは、ぼく自身だ。(淡い瞳と見つめ合いながら、魔法使いは同時に自分とも向き合っている。あどけない頬に残る涙の痕を指でたどり、この少年の歩んできた生を思った。その憎しみの深さを、絶望の深さを想った。あなたは幸せに生きるためにうまれてきたのだと言っていた人を思い出す。ならばこの少年は一体なんのために生まれてきたというのだろ。もし自分が幸いを手に入れたとして、それはこの少年の生を踏みにじって得たものにちがいない。)遠い、遠い昔。大切な“家族”をぼくは殺した。……悪魔だったからね。けれどぼくは人の姿をしてた。だからぼくの大切なひとたちは……だれもぼくの正体に気付かなかった。滅ぼされるべきだったぼくを、その身体で守ってくれもした。……優しいひとたちだった。でもぼくは今でも――そのことを……死ぬよりもむごい苦痛を与えられたと感じている。ひどい裏切りだと思った。……きみならばわかる?それともわからないかな。(エマニュエルは、肉体越しに心の臓へ触れられることを拒絶しなかった。胸の機関は途切れることなく動き続け、悪魔はまだ生きている。世界に愛され、しかし自分を呪ったまま。静かな気持ちのまま、少年の告解を聞く。此処に彼の罪の告白を聞く神は存在しないが、なにもかもゆるすような眼をした悪魔はいた。)でも、……きみはまだ、領主さまを殺めてはいないだろう。まだ本当の意味で他人の命を奪っていないだろう。その手は、魂は、うつくしいままだよ。けがれなどあるものか……。(家族をころしたその腕で少年を抱き寄せ、その目とますます近い距離で向かい合いながら、悪魔はまた微笑んだ。)生きて。……生きてほしい。それがぼくの――きみの姉さんの望みでもあるし、……なによりの罰だと思うよ。きみが汚れているというなら、それを漱ぐために。きみのために、生きてほしい。……叶えてくれる?

僕が急にしおらしくなっても、それはそれでまた困るでしょう。
フィロメル|2015/01/04(日) 17:10|102
(彼の憎悪の対象を聞いたとき、少年は静かに目を見開いた。酷く馴染みのある感情を受け入れながら、秘密を知ったあの夜の彼の怯えようと、彼の語る“かつて”のできごとが繋がっていく。頬を辿るやさしい指先を悪魔のそれとして撥ね除けることなど、どうしたって出来ないけれど。問われた言葉には息が詰まるような面持ちで目を細め、)……どうだろう。どっちにしても僕にはまだ、時間が足りてないのかもしれない。(細い身体が途方もない年月背負い続けてきたものを思えばこそ簡単に頷くことは憚られて、半端な笑みを刻む唇から紡がれたのは曖昧な答え。汚れを清める言葉のうつくしさに、少年は彼の腕に納まりながら一瞬だけ酷く苦しげな表情を浮かべた。目の前の海の色を見上げる瞳は泣きそうに揺れている。)やさしいあくまって、ただのあくまよりも残酷だよ。(一度吐き出した息は、言葉とは裏腹に戯れ染みて柔らかかった。腹部に未だ鈍痛を残したまま、少年は祈るように指先を組む。)……約束はかなえるよ。僕のいのちはあの朝からずうっと、エマのものだから。なにもかも自分で壊しちゃったと思ったのに、……おかしいな。なにも、変わってない。(少しだけ可笑しそうに呼気を漏らすその表情は、フィロメルよりも大人びていて、サバトよりも柔らかかった。彼の願いは恐らくこの世のあらゆる拷問よりも惨たらしい苦しみを自身にもたらすことだろう。だからこそ少年もまた何よりそれを望んだ。諦観としてではなく――大切なひとたちの上に成り立ついのちを、瑣末なものとして扱いたくはないから。小さな身体は彼の手を取ろうと身じろぎ、)この先なにがあっても。エマの苦しみを、僕はぜんぶそばで見てる。ぜんぶ一緒に受け入れる。……エマは僕のいのちをおとしめたけど、エマのおかげで僕はいまここに生きてるよ。それでもまだつぐないが足りないなら、どうか僕がばつを受けるのを、エマも見守っていて。よろこびのときも悲しみのときも、――いのちあるかぎり、一緒に。(細い指先に触れることが叶えば、頭を垂れ彼の手の甲へとそっと唇を寄せるだろう。領主へ注がれていたまがいもののそれよりずっと恭しく、柔らかに。まるで世界にふたりきりのような心地で、少年は静かに顔を上げる。)僕のこと、信じてくれて……助けてくれて、ありがとう。(悪魔に口づけた唇から織り上げられるのは、嘆きではなく澄んだ響き。淡いブルーは青白いかんばせを映して細められよう。――生まれてきた意味ならばきっと、目の前にあるのだから。)