- ちょりーっす。花椿……ってうわスゲェ聞き覚えのある苗字。もしかしてアンタカレンさんの親戚だったり?アンタも花椿吾郎とカンケーあったりする?(緊急と称して呼び出された教室に入るや否や見目麗しい少女に出迎えられて瞠目。聞き馴染んだ名前の響きに小首を傾げながらも誘導されるがまま椅子へと腰掛けた途端、机を挟んで対面する形にて質問を投げ掛けてみたものの返ってくるのはにこやかな微笑みばかり。無言の圧力をひしひしと感じるや否や「ご、ゴーメンって!もう聞かないから!」、背凭れに預けた背筋をピン!と慌てて正すこと暫し)は、はば学1年、新名旬平。……ついでにアダ名も教えとく?たまーに旬平って呼ぶやつもいるけど、大抵はニーナって呼び捨てにされてることが多いぜ。……あ、さん付けとかちゃん付けはNGな?(聞かれてもいないくせ両手をぱん!と胸元で合わせてウインク浮かべたお強請りポーズをひとつ、投擲。)
- あっれ無視?ヒデェ! なーんて、ウソウソ。ちなみに弟の名前は徹平。ジュンペーとテッペーって王道の兄弟ネームっぽくね?……そうでもない?あ、そう。ツレねえのー、姫子さんってば(自分勝手な結論を導き出したくせ態とらしくちぇっと唇尖らせる様は少々いとけなくもなかったか。して突然の話題転換には「姫子さんトートツすぎ」と再び瞠目したものの、顔ばせに浮かぶ表情はちっとも困った色などしちゃいなかった。どちらかと言えば愉悦に煌めく眼差しは、正しい回答を探るべく宙を暫く漂って)トレンド上手に取り入れてんなーみたいなコは目で追っちゃうトコあるかも。あとはやっぱこう…なんつーの?女の子の特権活かすって言うか、小悪魔ぽいって言うかー………わかんない?カワイイよりはセクシーな方が …っていやちょい待ちオレ何言わされてんの!?ハァ…ヤダヤダ、こっから先は男の子の秘密っスよ。もう言わない!(両の掌を胸元でクロスさせたバッテンポーズにて内緒の意を表しながらも、背凭れに身を預けた折にぽつりと唇から零れ落ちたささめきは)……ま、スキになったらそのコの服装が理想みたいなトコもあるけどさ。(見目にはちょっと似つかわしい、初心な男の子らしい響きだった。)
- 乙女たちの指針ってナニ!?姫子さんマジパネェ…!(両腕で体を抱きしめるみたいな戯れを交えながら転がったのは愉悦に塗れた笑い声。「女子ってコエ〜」と二の腕を擦りつつ仰け反った背を正した折のこと、投げ掛けられた問いに「う゛っ」。苦々しい表情と共に発した一声は宛ら蛙が潰れたみたいに濁った音素をしていたか。眉を八の字型に歪めたまんま人差し指で頬を掻けば、)それ聞いちゃう?あー……柔道部。ココだけの話、あんな汗臭そーなスポーツやるつもりなんて全然なかったんだぜ?なのにあの人が散々追いかけ回してくっから…!強制的に入部させられちまうしオレがどこでサボってんのかもぜーんぶ見抜かれちまってるし、オレとの追いかけっこだって結局あの人の掌の上で転がされてるだけだったし?ハァ…ヤダヤダ、ぜーんぜん叶う気がしねぇ(肩を竦めてヤダヤダと頭を振るくせ顔ばせに浮かぶ表情は困惑に愉悦が滲んだそれだった。つまるところ“悪くはない”の意だろうが、如何せんイマドキ男子を自称するトレンドボーイ。硬派なスポーツに縁などなく生きてきたとなれば素直に“楽しい”と言えるにはまだ時期尚早と言ったところ。とは言え、)つって息切れしなくなってきたり体力ついてきたトコは感謝してんだよなー。……オレってマジで素質あんのかも。(僅かに訪れつつある自身の変化は、男の意識に確かに影響しているよう。)
- え、ウソこれで終わり?ちょい待ちオレなんで呼び出されたのか理由もまだ聞いてな …って姫子さんちょっと!(制止の声も伸ばした腕も役に立たず。スカートの裾を翻しては颯爽と去っていく彼女の姿を見守るに尽き、やがてひとり残された教室内にて。唖然と間の抜けた形で開いたまんまの唇はやがて、)あの人ぜんっぜん人の話聞いてねぇし〜…!っていうか結局姫子さんて何者!?オレの情報あんだけ聞き出して何がしたかったワケ!?(ささやかな悪態に似た音素を吐き出したのち「あ〜も〜…!」とメッシュ混じりの髪を掻き撫ぜる。悔しげに声を放ったところで事態が変わるわけでもなし、と自身を納得させるに至ったのは彼女が去って数分後の話だったけれど、)…いや待てよ。カレンさんなら姫子さんのこと知ってんじゃね?……うっし、善は急げ!聞きにいこ!(唐突に降りてきた閃きに目を煌めかせたなら急く足取りで校舎内を駆け回る男の姿があっただろう。──道中、はば学名物の追いかけっこが始まろうとは知る由もないままに。)
- うるわし……?(聞き慣れない単語を口唇が追うように繰り返した。振り返った面前に立っている女性を無視することも出来ず、不思議がった分だけその場に間合いが流れたような気がする。ナントカ倶楽部の人だ。クラスメイトから聞いた噂を思考が手繰り寄せるより先に、兎にも角にも口唇を割った。)ああ!もしかして、僕のことそう呼んでくれたんですか?嬉しいなぁ。(天地翔太の評判が廃らないよう彼女の前に正対して、とびっきりの笑顔で応えよう。)あなたは……(自己紹介を促すように小さく首肯して、)花椿先輩ですね!もちろん、僕で良ければ協力させてください!(両拳をきゅっと握って肯定の意を返そう。)ええっと……名前…?ということは、僕の自己紹介も必要ですね!(分かりましたと言わんばかりの明るい調子で)僕、天地翔太と言います。よろしくお願いしますね!花椿先輩!
- 本当ですか?ありがとうございます!両親も喜ぶと思います!(素直に眦を緩めて、)僕その、姉はいるんですけど……一応長男なので、『太』っていう文字は付けたかったみたいです。あとは詳しく聞いたことがないので……(『翔』に込められた意味を言外する代わりに「すみません」の五音を零す。)はい!えっと……(後を追ってやってきた問いには睫をぱちぱちと刷いて、)好みの女性の、ファッション……ということですか?(気遣わしげな表情で小首を傾げよう。彼女から肯定の意を返してもらえたなら、当然表情は明朗さを取り戻すけれど。)あ、良かったぁ!清楚で可愛らしい感じの服が理想です!あとは流行色を使ってるのも素敵だなあ。花椿先輩はいつもそういう服を着てるんですか?(覗き込むように尋ね返して、)僕、好きなファッションは確かにあるんですけど、やっぱり自分に似合ってる服を選べる人って素敵だなって思うんです。だからそのお洋服も僕、好きですよ。とってもよくお似合いです!(賛辞を述べ立てれば、彼女から礼の1つでも頂けるだろうか。どちらにしても不意に込み上げた笑いは作り物でもなんでもなく至極素直な吐露だった。)……ふふ、それにしても、随分突飛な質問をするんですね。花椿先輩って!
- (否定の声には「なるほど」とそれらしい納得を落とし、)乙女の指針って素敵な言葉ですね!もちろん、ひとつでもふたつでも。僕でよかったら、たくさん聞いてください!(微笑みを携えて1つ頷いた。斯くして、待っていた『もうひとつ』は。)応援部です! あ、すみません食い気味に喋っちゃって……(先だった質問よりも十分に答えやすくて答え甲斐のある問いかけに、照れたように鼻の下を擦る)僕、応援部に所属してるんですよ。高校に入ったら応援団に入部しようって決めてたので、今すっごい充実してるんです。オス!(それらしく応援団の構えを取った!)あっ、そういえば先輩はどんな部活を……
- え!?あ、いえ!参考になったなら嬉しいです!……僕のほうこそいっぱい答えちゃって、何だかごめんなさい。(質問のタイミングが悪かったようだと、時間を気にする彼女を見ては配慮を見せつつ、)花椿先輩、またいつでも声かけてくださいね!いってらっしゃい!(乙女を迎えにいくと言う彼女を満面の笑みでお見送り。丁寧に手を振りながらも──やがてその去り姿見えなくなった頃、やってきたのは盛大な落胆だった。)………はぁ……何……?乙女のナントカって、変な質問ばっか。(零れ出るのは溜息と問いへの感想と、それから。)……あ~~~あ、新作のケーキ、売り切れてないといいなぁ…(アナスタシア50名限定販売の新作ケーキへの執着。今日は部活が休みだから、学校が終わってすぐ走って向かうつもりだったのに。人当たりの良すぎる自分を恨みに恨みながら、期待半分、諦め半分の小走りで校舎を後にした。)
- 俺?(うるわしのなんて単語、散々王子様扱いされてはいたが現実世界でははじめて聞いた気がしていた。ごきげんよう、と言われて世界に薔薇が咲く。ピンクの薔薇だった。幻覚はまばたきをすると共に消え去って、けれどもピンクの制服をまとった、少女漫画みたいな縦ロールの女の子は視界から消えない。まぼろしの薔薇よりもいかにもニセモノみたいなのに、実は本物らしかった。ピンクの薔薇の花ことばは、「しとやか」「上品」「美しい少女」など。確かにこの女の子にはぴったりみたいだ。)なあアンタ、この髪ホンモノ? ……マジなんだ。スゲェ……。漫画みたい。(膝を曲げて座り込み、視線を近づける。まだ遠かった。塀の上にいるから。よっこいしょっと降り立って。)あれ、思ったより小さいな。(けして遠近法だけではなかったらしい。遠目からのインパクトに対して、サイズ感が妙に比例しないなと感じた179㎝。名前からなにまで全て聞き流していたが、再度あなたのお名前、よろしくて?と鷹揚なくちびるに微笑まれ、)俺?(ともう一度言った。)俺、桜井琉夏。……お蝶婦人て呼んでいい?(無論、却下された。)
- さあね、知らない。(目線はふわふわと宙に浮いている。とぼけた顔で唇を尖らせながら話は五割聞き流していたが、急に乙女の話に着地したのが気になって眼差しが少女に戻っていった。理想とする乙女のファッション……?)結構難しくない?(理想なんて考えたこともなかった。自分の持ち物、肌に触れる私服にさえこだわりのない男だ。いまのところ影もかたちもない女の子に対して理想を注げというのはかなり難しい注文だった。真剣に考えているようで考えていない脳裏に架空の裸の女を映し出し、簡単に足し算したり引き算したりしてみた。)あんまり無理した格好してほしくないな。素材を生かすっていうかさ。変にかざったり、出したりしなくていいんだ。そのほうがこう、まるごとってかんじがするから。 ……なんの話だっけ?
- ふう~ん。大変なんだ、オマエ。確かに乙女っぽい格好してるもんな。(まさしく乙女の代表のような恰好を。しかし漫画の中でしかお目にかかれない模範生の姿にこそ、甚大な説得力が宿っていた。ゆえにこそ納得して頷く。元から大して気にしていない。)ないよ。俺、ヒーロー兼お花屋さんやってるから。(小首を傾げると長い髪がさらりと揺れた。揺れる毛先を見つめながら、「あら、学生ではありませんの?」という彼女の言葉にとぼけたように続けた。)うん……まあ学生もやってる。兼業もできるヒーローだからね。
- 全然気づかなかったけど、はね学のやつなんだ、オマエ。(自分の知っているはね学の制服とはまるで様子が違っていたが、肩に輝く校章がやっと彼女の所属を教えてくれていた。しかし逆に年齢を感じさせない時代錯誤なスタイルなので、見た目からは年上なのか年下なのかさえわからない。おもしろい。)うん、こんな時間。まだ真昼間だ。……知ってる?サボりはよくないんだ。 うん、俺もね。(やっと夕方になっても空が明るくなってくる季節になった。冬が近づいてくると空にまで家に帰るよう急かされるようで嫌だから、あたたかくなると外を出歩く機会が増える。平日の真昼間、気づかなかったが己も彼女も制服で、白昼堂々と歩いていたらしい。――チャオ! どこの言葉だっけか。そんなことを考えているうちに、神出鬼没の擬人化のようなピンクの乙女は、既に視界から消えている。)早え。チャオ~。(誰もいない名残の空間に、間延びしたあいさつをした。さて、次はどこにいこうか。)
- (終業を伝える鐘の音を待ち構えていた。佐伯瑛の放課後はいつも、早足で教室を出る。誰に捕まる前にいち早く、帰路に就いて店を開けなければならないからだ。王子だプリンスだと祭り上げてくれる女生徒たちの声を愛想で躱し、教室、下駄箱、順調にするりと抜け出して安堵しかけた校門前――げ、と音になったか定かでない声を漏らして、呼び掛けに立ち止まった。)や、…やあ、花椿さん、どうしたの?(取り繕った愛想笑いの王子面がピンクに包まれたメルヘンチックな乙女を見据えたら、自然眉尻が下がった。ヤな予感。)僕、ちょっと急いでるんだ。あの、今日は予備校に……、(この場を逃れようとやわい言葉で制止を試みるも、全く取り付く島もなく続けられる言葉には細い溜息を吐く。「聞いてねえな…」ぼそりした低い声が漏れた。)――…少しでいいかな? 佐伯瑛、2年。他には?(愛想を浮かべる傍ら、せっつくように続けた。)
- はは、どうもありがとう。名前、結構好きなんだ。(どんな想いでつけられたかは存じ上げないが、名前の意味を調べた時に好感を抱いたことは覚えている。マニュアル口調の裏に早く終わらないかと急く心を宥め、飛んできた質問はまた脈絡を感じられない。乙女って…、と内心引いた。)…女の子の?そうだな…その子に似合ったものを着ていれば、何でも。(つらつら、愛想のおべっかがくちびるを滑った。)しいて言うなら、女の子らしいもの、…かな。女の子の好みとか、僕にはあんまり分からないから。そういうの、教えてくれるとうれしくて。(――バイト先の客層に、若い女性客が多いから。ターゲット調査は大事だから。なんて、あはは。少しトーンの高い上滑りの笑い声が虚空に舞う。)
- そ、そうなんだ…。(どうでもいいよ、と滲む顔色を完全に隠し切れているとも知れないで、まだあんのかよと喉元で引っかかる声を呑み込む。細めた双眸は柔和な、王子らしく、優等生らしく、微笑を携えそう映っていると良い。)部活は、やってないんだ。ほら、予備校とかに忙しくて…。できれば、今日もそろそろ。(アルバイトに忙しくて今一刻も早く帰って店を開ける準備をしたい。隠した本心を押し込みながら辛うじて、愛想笑いも眉尻が下がり気味だ。)
- 終わり?良かった……。(時間、と言われてぐりんと咄嗟に時計を確認する首の速度は速かった。未だ大丈夫だ、心からの安堵が声音に滲んで吐息となる。)あは、あははは……それじゃあ、またね?(愛想)(口端が引きつり気味の笑顔は最早取り繕いをほつれさせるも、上擦り声とて颯爽と去っていくピンクの影に手を掲げるくらいはしなければ。摩擦のない生活を、送るために。)――………何だったんだ一体…、っと、ヤバ、急がないと!(去りゆくスカートの裾が、春風にふわりと揺れていた。乙女とメルヘンを煮詰めた様相を呆然と見送って――いる場合ではないと気付いたのはすぐ。佐伯瑛には学校生活よりも、ずっと大事なことが待っている。さっさと踵を返し、早足に念願の帰路へ就く。帰って、店を開ける準備をして、それから――仕入れのチェックもしないと。ペーパーナプキン、そろそろ在庫少なくなってなかったか?明日の予習、どうするかな。海岸沿いのアスファルトを踏みしめ、テンポの早い靴音を刻みながら、灯台の手前にある喫茶「珊瑚礁」を目指す。そこは、ちっぽけでも佐伯瑛の世界の一端だから。慌ただしい脳裏に段取りを組み――…女の服とか、部活とか。それどころじゃないんだこっちは。)
- (無意識にグラウンド方面へと向きそうになる足に叱咤して、真っ直ぐ帰宅しようと歩む放課後。正門を潜るか潜らまいか、そんな瞬間だったか。不意に視界に入ったいかにも女性――否、むしろ“女の子”らしい服の一端。真っ直ぐに向けられた声。特徴的な声と話し口調は、)ああ――…(確か、そう。花椿。ぴたりと足を止め、地をなぞっていた視線を上げた。アレンジか何か知らないが、制服のようなそうでないような服装だから此処の生徒には変わりないのだろうけれど、どうにもまとう空気が一介の生徒とは思えぬその少女。)……この学園に居て、おまえを知らない奴も珍しいだろ。(聞いた話じゃ有名人の娘だか孫だか姪っ子だか――なんて、所詮己にとってはその程度の認識だったけれど。彼女もまた“有名人”であることは、自然と耳に入っていた。)……構わない、……としか言わせない雰囲気だな。(ぽつり。つい呟くは無意識に。首傾げられては下手に追求されても面倒そうだ、とばかり)――いや、なんでもない。手短に頼む。(少々口早に先を促す。きっと幼馴染のあいつが居たら、「な~に焦ってんだよ」なんて笑われていただろう。鮮やかな金糸から、つい、と目線を外した。)……志波勝己。
- さあね。(端的な回答。けれどそれだけで済まそうにも、そうは問屋が卸さぬらしい。先を促すかのように向けられた目線に少々たじろぐ。)……字面から大体想像は付く。だが実際親から聞いたわけでも無い。想像で自分の名前の由来話すなんて恥晒しも良いところ――(さて、どうやってこの目線を回避すべきか。少々眉根寄せつつも巡らせていた思考に、不意打ち過ぎる問が飛び込んだ。)――は、?(素っ頓狂。正にそんな声がこぼれ落ちて、三白眼だって丸くなる。)……なんなんだ急に。オレに聞くような質問か、それは。(女の影の一つも無い自分に対する質問じゃない。そんな怪訝さは、声にも表情にもありありと浮かんでいた。)
- おまえからすればそうかもしれないが、……、はぁ。(こればかりは名の由来のように流してはくれないらしい。つい漏れたため息だってフォローを入れる気力もないまま、)……まぁ、動きやすければなんでもいいんじゃないか。下手に背伸びしてるよりかは。(とりあえず、ひとまず。ぱっと浮かんだ“女子の服装”の印象を適当に立て並べてみた。実際これが“理想とする乙女のファッション”なのかはさておいて――)――……、(次いだ言葉に、一層眉間の皺が深くなる。わざとか。いや、考え過ぎか。いくら三白眼を向けたって、目の前の少女の意図は一切読めやしない。)…………、…………何もしてない。(そう告げる声は、どこか絞り出すようだった。)
- ……ああ。(短く返し、ご機嫌に歩み去っていく後姿をどことなく呆然としながら見送る。――普段ならばほぼ、否、確実に、と言っても過言では無いほどに関わりの無い相手だったはずだ。それが何の因果かこうして言葉を交わした。喉の奥に苦みを、奥歯で砂利を噛んだような後味を残して。)…………なんだったんだ、一体…………。(全く訳が分からない。苦虫を食い潰したような表情は、正門を潜っても、自室のベッドに倒れこんだって、消えやしなかった。)
- いらねぇ、つーかむしろ知らないヤツとかいんのか?…って聞けよ、オレの話!!(突如目の前に現れた乙女、基年齢不詳な彼女についてのツッコミはしなかったがこちらのペースなどお構いなしに話を進めていく様子には声を張り上げずにはいられなかった。仕方なしに少しの間付き合うことを決めれば首を縦に振ったけれど。)ワザとか?ワザと聞いてんだろ、それ!針谷…のしん、……幸之進!ハリーって呼べよ、いいな!(早速の質問がコンプレックスでもある名前に対してだったから、年上相手にも関わらずビシッと指をさして呼び方については念を押しておいた。)
- そんなのオレが聞きたいっつーの…。大体のしんってなんだよ、どうせならもっと……って名前の話はこれで終わりだ!まだ質問があるんだろ!(そっぽを向きつつも耳だけは傾けた。そしてがくり、次いだ質問には驚きからよろけてコントのような反応をしてしまい。)なっ…!?そんなの聞いてどうするつもりだ?何か企んでんだろ!(少しだけ後ずさり)あー…けど強いて言えばあんまりこう、女々しくないヤツがいいな。動きやすいのとか、……ちょっとは色気があるのとか。(少し顔を赤らめつつ)…はっ!つい正直に答えちまった。次いけ、次ィ!
- なんだかよくわかんねぇけどあんまり突っ込んだこと聞くのはやめとくことにする。詳しく話されてもオレには理解できなさそうだしな。あ?あー…部活は入ってねぇ。バンド組んでるヤツらが他校なんだよ。オレはアイツらと頂点目指してるからな!(そもそも針谷がバンドを組んでいることを彼女が知っているかはわからないけれど、人前で歌う時以外は基本的に自信家だからか、知っていて当然とも言いたげに自分のことを話し終えて。)
- どうも。……はぁ、嵐が去っていったみてぇだな。つーか誰を迎えに行ったんだ、アイツ…。他にも被害者が出ねぇことを祈るしかねぇな。(すでに見えなくなった姿に背を向けて軽く片手を振って歩き出す。突然現れた彼女が情報を集めてどうするのかはまるで謎ではあったが変なことに使わないのであればヨシとする。)……いや頼むぞ、マジで…。(思わず後ろを振り返った。)
- (時刻はまさに8時25分に迫ろうとしている。右腕に携えた「風紀」の腕章から目をそらすように足早に過ぎる生徒たちを声で追い立てれば、ちょうど予鈴が鳴り渡った。通学路を見渡したところ、幸いにして遅刻者もいない様子だ。自らも教室へ向かおうと踵を返したところへ、きゃらきゃらと弾んだ調子の声。その少女は優雅に校門を踏み越える。)あ、ああ。ごきげんよう………自己紹介?(改造制服を身に纏う少女の、堂々たる佇まいに目を丸くしたのもつかの間。遅刻者リストに名を記すべく気を取り直して、瞳に険をこめる。リボンの色からおそらく同学年と推察したが、どうにも見覚えのない顔のようだった。)わかっているだろうが、君はすでに遅刻している。それから、その制服も……どうやらいくつかの点について、僕たちは話をしなければいけないようだけれど、君……(「花椿姫子と申しますわ。」声がかぶさる。尋ねようとした矢先、自ら名乗りを上げた彼女に生徒手帳の提示までは求めず、ひとまず臨戦態勢は解いて頷くに留めた。)そうか。花椿君、丁寧にありがとう。僕は生徒会執行部風紀委員、2年の氷上格だ。(協力、という言葉に引っかかりを覚えながらも腕時計に視線を落とす。現在8時27分32秒。)聞きたいことがあるのは僕の方だ。しかし、もうじきHRが始まる。移動しながらで申し訳ないが協力してくれるね。(共に昇降口へ向かおうと彼女を促して)
- どうもありがとう。しかしいま必要な会話とも思えないな。親睦を深めようという場面でもないだろうからね。それよりも、君……(名前に込められた両親の愛について語るのもやぶさかではなかったけれど、職務を果たすため「君の学年とクラスを教えてくれ」と続くはずの言葉は、またしても遮られた。)り、理想とする…… ファッション。(突飛な質問など取り合わなければいいだけなのだが、話の行き着く先がわからず、妙な生真面目さをもって質問の意図するところを探ろうと試みて)まず君の奇抜な──いや、失礼。僕は常識人のつもりだが、流行に理解のある方ではないから……とにかくその改造制服について、僕から擁護なりポジティブな反応を引き出そうと考えてのことなら、すまないがその期待には応えられない。(この話はこれで終わりだ。そうはねつけるつもりが、気がつけば続く言葉を探している。)…………それがもし仮に、僕が好ましく思えるようなテイスト……そうだな、たとえばもっとエレガンスな雰囲気であったとして、も ………はっ、僕は何を!?(花椿はただ目の前で微笑んでいるだけだというのに、妙な圧に口を滑らせてしまった。慌てて取り繕いながら)とにかく!校則違反は校則違反!誇りある羽ヶ崎学園の生徒として、校則に定めのある以上きちんと高校生らしい装いを心がけるべきだ。(語気を強めて、ふわふわと先を行く彼女を追いかけた。)
- 指針?……制服について意識調査や投書があったとは、僕には聞き及んでいないけれど。(もしかしたら専門委員や生徒会長は把握しているのかもしれないが、自らの職務にも関わり合いのでてくることだ。眉が寄りそうなところをこらえながら)話がよく見えないが、質問攻めはこれで最後にしてくれないか。いつまでたっても僕の番がこなさそうだ。(すでに昇降口にもたどり着いてしまった。重ねて「部活は」と問う声を遮って失礼にならないよう、ぐっとこらえて)……すまないが、同じことを2度言うつもりはないよ。(自らも弁は立つつもりでいたけれど、なぜだか彼女のペースに乗せられてばかりだ。少し冷ややかな物言いで話を打ち切る。)
- それでは、次はこちらの話に付き合ってもらう番だな。まず君は放課後、生徒手帳を持って教務室へ……(あら!に続く別れの言葉がわずかに遠くで響く。驚き顔をあげた先、隣にいたはずの彼女はすでに階段の踊り場で微笑んでいる。)待ちたまえ、花椿君!話はまだ終わって………ああっ、靴!靴がっ!!(慌てて靴を履き替えるうちに、彼女の姿をすっかり見失ってしまった。追い打つようにタイムリミットの本鈴が鳴り響けば、さすがに捜索を断念して急いで教室へ向かうほかない。ただし「羽ヶ崎学園校則第3章7条 校内で走ってはいけない」さあ急いで、しかし早足で。──後日、指導担当の教員に「そんな在校生はいない」と聞かされおおいに首を傾げることになろうとは予想もしていなかった。以後、いくら彼女の姿を探しても、視界の端を華やかなスカートの裾が気まぐれに過ぎ去るばかり。再び相まみえることは叶わないまま、学園生活2度目の5月は眩しく過ぎ去ろうとしていた。)
- (窓外には町を飲み込まんとする燃えるような夕映えが広がっていた。遠方から迫る夜のとばりに雲が少しずつ溶け込んでいく景色を美しさを、けれど設楽聖司は気にも留めない。ピアノの鍵盤に躍らせた指先がその旋律を奏でるのをやめるまでは。「ごきげんよう」と歌うような発声を認識したのは、曲を譜面の終始線まで弾き終えた折のいい頃合い。)誰だおまえ。俺は知らない。(ふんと鼻を鳴らすようにして不遜な態度を吐き散らす。本当に知らないからという事実に基づく素直さを爺やのごとき堅物の同級生が見ていようものならば「そんな態度良くない」と咎められていた気がする。)嫌だ。協力する義理なんてないだろ。………なんだ、おまえは俺を知らないのか。…まあそうだな。そういう奴だっているよな。(名だたる賞を恣にしては飽きる程持て囃されてきた過去を誰よりも自分自身が遠い記憶のはざまに押し挟めてきたというのに、久々に名を問われてみてまざまざと駆け抜けていく時の速さを思い知らされる。時間は皆平等に流れていくのに、自分はいつまでこうして立ち止まった侭なんだろう。)設楽聖司。(応えたのは一歩を踏み出してみようとする気紛れからだった。)一体どこのスタイリストに頼めばそんな時代を遡ったみたいな髪型に整うんだ……。そういえば両親のオーストリアの知人の家で見かけた肖像画にいたな、おまえみたいな容姿の貴族。(時代錯誤と揶揄したような言い分は、裏を返せば御貴族様然とした気品漂う存在感とも言い表している。物珍しそうな眼差しを伴って、やっと彼女をまじまじと見た。)
- さあ、そんな話をする機会が無いからな。(警戒心が解けない怪訝そうな眼差しで花椿姫子を見返した。知らないというのが実情だが、知っていた所でこの捻くれた性分が素直に教えていたかどうかは定かではない。秘密主義というよりも他人に心を開くのに時間が掛かる不器用さが円滑なコミュニケーションを図れない大きな要因だろう。)どうもこうも、唐突な質問ばかりで調子が狂う。…それは答えないといけないのか?理想なんて……。(今まで深く考えようともしてこなかった話題に触れられた。ピアノピアノで頭を占められていた月日の長さが解答を鈍らせる。)極端に前衛的なものは好まないな。場を弁えた上品な服装は見慣れてる。…………おまえのは少し、華美が過ぎないか?(視線を注ぐ先、花椿姫子の規格外の装いはサロンで茶会を広げる洗練された女性達の輪の中に居ようと目を引きそうだ。己とて散々拘りをシャツに浮かばせている癖、棚上げ根性で首を捻る。凄い恰好だなと丸めた瞳は濁りの無い透度で以って不躾だった。悪びれない分いっとう性質が悪い。)
- (唐突で、意味がわからない。胸の中で吐き出した困惑がまさか声に出ていたんじゃないかと錯覚して首を竦めたのは、まるで設楽の心を読んだみたいに彼女が聞いていやしない解を齎したからだ。)…………エスパーか!?超常現象的な力でも使って俺の心を読んだんじゃないだろうな。ああもう、勝手に覗き込むなよ。…何かが減りしそうだ。(跳ね上げた心音は吃驚の証。防衛本能がしみったれた禁止事項を掲げ、粉薬を飲むのに失敗したみたいな苦い表情を覗かせる。どうしたって器が小さい。)はあ?指針はそれぞれが自分であがいて見つけるもんだろ、甘やかしすぎだ。…――――話を聞いてないな…。なんなんだ次は、前置きなんかいいからさっさと聞けばいいだろ。まだるっこしい。(嫌だ嫌だと突っぱねても、逃げられない運命と悟る本能が諦観の境地へと足を引っ張る。ああもう。ペースを乱され続ける機嫌の悪さが唇を尖塔と化すけれど、質問を遮る気配は見せなかった。)部活はやってない。俺は忙しいんだよ。(憮然と言い放つ言葉は勢いで、瞳には少し迷いが滲み出る。)何って。色々あるだろ、例えば……ピアノ。こんなの、遊び程度だけどな。(忙しいのに、遊んでる。生じた矛盾の居心地悪さに鼻を鳴らした。逃げたくて、逃げられなくて。向き合いかけて、怖じ気付く。生温いモラトリアムに沈む両足を持て余した憂鬱が吐息に透けた。)
- 協力もなにも、大して答えてない。もっと他の奴をあたった方がいいんじゃないか。(気の向かない口を開いてやる気は依然として起きないが、設楽と向き合った時間をただ無益に感じられて終わるのも癪だった。)例えば、生真面目に答えそうな奴に心当たりがある。そいつは、そうだな……放課後ならだいたい生徒会室に居るだろうな。(友人を人身御供に捧げたともいう。)どこに乙女達を迎えに行く理由が?いや、聞いたところでどうしようもない。(解答が返ってきた所で更なる謎が生まれるだけだと予感が奔れば、面倒事を払うように首を横に振る。)チャオ?イタリアかぶれか?(嘆息を零しながらあんぐり呆けた顔を浮かばせる。縦ロールの金髪が闊歩になびいてゆくのを見送る後、静謐を取り戻した音楽室は彼女に出会った頃よりもずっと深い黄昏に染まっていた。徐に奏でた和音が指先を包む。それは、ただ過ぎ去るばかりのありふれた日常のしらべ。)
- (初夏に相応しい陽光はカーテンにより落ち着きをみせて己がいる一室へ差し込む夕刻。その光が落ちる時間に突入することはまだまだ長い現在、涼風が開けた窓の隙間より吹き、靡くカーテンを若葉色の双眸が捉える。ただ、その瞳の目尻は普段よりも若干垂れているのは差し込む陽光を気持ちよく浴びているからだ。)ふぁ~……、気持ちのいい日、です。こういうときに触る猫は気持ちいいんでしょうね。(欠伸を噛み殺す必要はなく、口を大きく開けてこぼすのは間の抜けた声だろう。浴びる気持ちの良い陽光にまだ垂れる瞼はもう少しと言わんばかりに下がりそうな今、この男は居眠りを始める可能性も否めないも何かを探して作ろうと動く悠々さが杞憂な出来事であったと終わらせた。彼が何をしようか物事を知るのは動きを追えばわかるはずだが―それは背後よりがらりと扉を開く音と共に聞き覚えのある無邪気な声で動いた身体は停止した。少し肩を跳ね上げもして。視線を音のした側へ向かう前、「そこにいたのね。」なんて声をかけられれば、跳ねた肩は意味を持たぬものだったと心に安堵をもたらし息を吐く。手にビーカーを持ったまま漸く扉側へ映し捉えた瞬間、耳にした声で予想してた人物が明瞭する。そのまま、続く言葉を気にしつつも、)やや、これは姫子さんじゃないですか。こんにちは。(まずは一声、彼女へ言葉を紡ぐそれは、知人への気軽なものであると同時にことんと、持っていたビーカーを机上へ置いて。体ごと向けば、)自己紹介は必要ありませんけど、急にどうしたんですか?(顎付近へ片手を動かして当てる姿は彼女の言動が悩ましいため。いつもであれば彼女が作った倶楽部への勧誘が待っているもののそんな気配を微塵も感じない今日は違和感を覚えて、首だって小さく傾げてしまう。が、その違和感を感じ取られたのか。断りの常套句を毎度告げて終わらせていた「いつもの勧誘」が始まった。こちらへと近づく動作に引きはしないものの、内心)いえ、ですからそのお話は以前からお断りしてるじゃないですか。って、はあ……僕の、名前ですか?………、先生の自己紹介っていります?(彼女にも理由があるのか今回は長引かせるつもりもなく一度断りを入れれば追い詰められることなく、問うた話題の答えを求め出す。簡単なプロフィールを知っている互いにそのやり取りは滑稽に見えるかもしれない。だが、彼女の必要。という声を聞けば、ふむ。と声を漏らした次には)先生の名前は、若王子貴文です。担当は科学で、今は2年生の担任も持ってます。(差当りのない情報を彼女へと伝えて)他になにか、ありましたっけ……あっ!(思い出したように声を上げる音量は高く、ぽんと。掌へ拳を弱く叩くような所作は人によってはわざとらしくみえたりもするだろう。)そういえばお茶も出してませんでしたね。長くなるようでしたら珈琲でも飲みますか?(机上に置いたビーカーを始め、他複数科学で使う道具へ視線を流すように一瞥し彼女を誘ってみた。彼の淹れる珈琲のやり方は視線の先にある道具で察するだろう。それが断られたとしても彼は必要であるからと自分の分だけは作り始める自由きままな姿も見せ)
- ……、すみません。両親の話はちょっと……聞いたこともないですし―――、聞けれませんので。(加熱しはじめた水は時間が経過すると共に段階を刻んで温度がぐんぐん上昇する。蒸気の泡が発生し水面がぐらぐら揺れる様子まで見守っていた双眸は問われた内容で多少翳りが現る。暗い雰囲気にて濁すのは彼女の問いへの拒絶反応。も一瞬のすきに帯びた翳りを消し去り)他のことで答えれることでしたら、先生答えますよ。(話題を瞬時に切り替えるべく、穏やかな口調であれども言葉の端々は力が込められて移される話題は先程の様子とはうってかわって今度は瞳が大きく見開き、)理想とする乙女のファッション、ですか?僕の……好みということでいいんでしょうか。(その質問は予期せぬ難題なものだった。生徒の前で素直に口にしていいのだろうかと瞬きの間飛び込む思案の世界。だが、先程告げた言葉を反することせず)えっと、そうだね。(最初に出た声には戸惑いが滲み出た)自由に自分の好きなファッションをすればいいとおもってます。それに先生、センスにはあまり自信が無いから。好みの服装を伝えても聞いた人たちの流行りを捉えているのかわからないから信用しない方がいい。(申し訳無さそうに目尻を下げ苦笑い。模範解答のようなものと共にそれを答えた理由も付け足して。)………内緒です。(流行を追っていたりするものの、どうにも時代に追いつけないこともある。それは今回告げたファッションもそうで。打ち明けたはいいもののやはり羞恥心からか、この話はオフレコだと彼女に願ってみた。それが叶うかどうかはさてはて――)
- 先生の話が姫子さんのいう乙女たちへの導きにどうなるんだろうか……少々気になっちゃいます。ですが、貴方は答えてくれないでしょうね。だから、これ以上は聞きません。(気になってしまうのは探究心が強い科学者としてなのか、それとも乙女たちと呼ばれる生徒だろう人物たちにどう自分のことが語られるのか。という不安も入り混じるけど、言葉通りに気にしないふりをして。またしても問われた自分のことに一拍置いて、唇を薄く開き)陸上部の顧問をしてます、部員は常に大募集中。今なら体験入部もできますよ~姫子さんも一度陸上部に来てみませんか?(彼女の性格上誘ったところで足を運ばぬ確信は得てるのに小粋な冗句のひとつとして誘い文句を投げかける物言いは軽薄なものだった――それで彼女が肯定すれば「本当ですか?陸上部に1名様ごあんな~い!」と否定すれば「それは……残念です。」2つの選択肢は準備しており、選ばれるまでは口許がほころんで楽しんでる様をみせた)
- こんな感じでいいんですか?それじゃあ、どういたしまして。結構長引きましたね、姫子さんやはりお茶をお出ししましょう――(か。と最後の一音が奏でられるよりも先に鳴り響くチャイムの音でかき消され、言動の先手は彼女の手に渡った。互いが思っている通りに経過した時間は日頃対面して会話するときよりも多く取られたものだったようで。ここまで彼女と対面した際のルーティンをせずに会話することはあったのだろうか。時々他者がひょっこりと顔を出して話の流れを切ることもあった。それが有り難いときもあることをある。などと日常の一部にて彼女と出会うときの事を思い出していれば、別れの挨拶を告げようとする彼女の無邪気な声と足取りに、思い出すことはやめて)それじゃあ、姫子さん。また………先生も明日の授業準備がありますから。(別れの挨拶を交わすものの最後にはやはりこれが彼女と自分のお馴染になるのか。次回は勧誘の手を休めない。という言葉と共に彼女が一室より立ち去り扉が閉められた。その姿を見守り終わればふう、と息を吐いて。ここまで疲労という疲労を感じてなかったのに。最後の一言でそれが現れてしまい、天を仰いだ。疲労を多少なりとも回復させるべく隠れてこっそりと飲むために用意した珈琲を手に取るものの。それは彼女と話してる間に冷め、掌で感じるのはひんやりとしたものだ。けれど、捨てることせず口を付けてまずは一口。乾きを潤すようにゆっくりと飲み干しながら。思わぬ来客者だった。という彼女が立ち去り改めて思えば眼光は細まり濁る。彼女と話せば現る己の過去のこと。難しい顔ばせを浮かばせる彼の姿は今、愛する生徒たちの前では見せたことない一面だろう。誰に見られることもせず、いつもの放課後過ごす顔ばせに切り替えるように一度左右に振って。科学者としての自分ではなく羽学の教師としての姿に戻ろう、これが今の自分だから。まずは使ったビーカーを洗って教頭先生に見つからぬように片付けからだ。)