幼少期は今ほど泰然自若とした佇まいはなく、従兄弟に負けないくらいの関西人らしい活発な少年だった。だが引越しを繰り返す中で広く浅い交友関係が己の環境には相応しいと悟り、平和主義のきらいもあって衝突を避ける最善は自己を主張しすぎないことと学ぶ。結果、感情を表立って示さない今のスタイルが染みついたが感受性は寧ろ豊かなほうだ。なまじ大抵をこなせる器用さを持ち合わせた為に醜態を晒す事への抵抗が強く、取り繕ったりプレッシャーを受けたりせずに済む独りを好みがち。一方で面倒見はよく、所変われば姿も変わる様を「曲者」と評するのは概ね正しいのだろう。彼がその評を喜ぶかは、また別の問題だ。